2019年8月31日土曜日

2020年4月施行債権法改正について

2020年4月1日より民法の債権法と呼ばれる分野に、かなり大きな改正が加えられます。
このブログで、少しずつ解説を加えていくことにします。

債権は、物権(人の物に対する権利)と対になる概念で、契約関係や不法行為等の契約外の関係から生まれる、人の人に対する権利です。
(人には、場合によっては自然人以外の団体も含まれます。)
社会生活の基本とも言うべき債権に関する決まりですが、民法制定以来120年以上大きな改正が行われていませんでした。
その間、判例の積み重ねなどにより、大幅に解釈が変遷している規定もあります。

今回の債権法改正は、これまでの判例法理を明文化して分かりやすくすることに加え、さらに今の時代に適合するようにと発展される意図もあり、大改正と言えます。
そして、社会生活の基本に関することだけに、改正の内容を私たち弁護士だけが知っていれば良いというものでもありません。

以下、目次とします。

1 消滅時効について

2 法定利息について

3 保証について

4 約款について

5 意思能力、意思表示について

6 債権の譲渡について

7 賃貸借契約について

8 債務不履行による損害賠償請求の帰責事由の明確化

9 契約解除の要件に関する見直し

10 売主の瑕疵担保責任に関する見直し

11 原始的不能である場合の損害賠償請求規定の新設

12 債務者の責任財産保全のための制度(債権者代位権・詐害行為取消権)

13 連帯債務に関する見直し

14 債務引受に関する見直し

15 相殺禁止に関する見直し

16 第三者弁済に関する見直し

17 契約に関する基本原則の明記

18 隔地者・対話者に対する契約成立等の基準の明記

19 危険負担に関する見直し

20 消費貸借に関する見直し

21 請負に関する見直し

22 寄託の成立要件の見直し




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2019年8月25日日曜日

2018年7月相続法改正について

2018年7月に、相続に関する民法(及び家事手続法)の規定が改正されました。
約40年ぶりの大改正となります。

改正法の内容と、その施行について、順番に見ていきたいと思います。

改正の内容

1 配偶者の居住権を保護するための方策
(1) 配偶者短期居住権の新設
(2) 配偶者居住権の新設 条文 解説

2 遺産分割等に関する見直し
(1) 配偶者保護のための方策(持戻し免除の意思表示推定規定)
(2) 仮払い制度等の創設・要件明確化
(3) 遺産の分割前に遺産に属する財産を処分した場合の遺産の範囲

3 遺言制度に関する見直し
(1) 自筆証書遺言の方式緩和
(2) 遺言執行者の権限の明確化
(3) 公的機関(法務局)における自筆証書遺言の保管制度の創設

遺留分制度に関する見直し

相続の効力等に関する見直し

相続人以外の者の貢献を考慮するための方策

施行の時期

自筆証書遺言の方式緩和については、2019年1月13日施行

配偶者短期居住権、配偶者居住権については、2020年4月1日施行

公的機関(法務局)における自筆証書遺言の保管制度については、2020年7月10日施行

その他は、2019年7月1日に施行されます。


まもなく改正の影響が出てきますので、この影響があるのか、ないのかも含めて、弁護士に相談してみてはいかがでしょうか。

※それぞれの制度の内容について、順次記事を挙げてリンクしていく予定です。

(2019年8月25日追記)
新しい情報があれば、随時記事を追加していきたいと思いますが、一通りの解説記事を作成しました。


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公的機関(法務局)における自筆証書遺言の保管制度の創設

2018年7月相続法改正に関する記事です。

2018年7月相続法改正について

今回は、「公的機関(法務局)における自筆証書遺言の保管制度の創設」について見ていきましょう。

相続法改正の中では一番遅く、2020年7月10日に施行される改正です。




今回の改正のために、「法務局における遺言書の保管等に関する法律」が制定されました。
文字通り、法務局に遺言を保管する制度が新設することになりました。
この法律の施行が2020年7月10日ということになります。



1 制度の必要性

なぜ、このような制度が必要なのでしょうか。

自筆証書遺言は、法定の要件を満たす必要がありますが、公正証書遺言とは違い手軽に作成することのできる遺言であると言えます。
しかし、公正証書遺言については相続人が公証役場で検索すれば遺言の存否や、最新の遺言を確認することが出来るのに対し、自筆証書はそうはいきません。
信頼できる相続人等に自筆証書遺言の保管場所を伝え、あるいは保管を依頼する等しなければ、遺言の存在そのものが気付かれずに過ごされる可能性も出てきます。
遺言は遺言者の最終の意思を表現するものとして大変重要な意味を持つにもかかわらず、遺言が発見に至らなかったり、発見者によって不当に破棄されたりした場合には、その意思に反した遺産分割が行われてしまう可能性もあるのです。

せっかく自筆証書での遺言を作成したとしても、その意思が達成されなければ無意味になってしまうため、自筆証書遺言についても、公的な保管制度を作って、相続人が照会することで遺言の存否や内容が分かるようにするという制度が求められました。

そこで今回の相続法改正に併せて、このような保管制度が設けられることになりました。



2 対象となる遺言と保管制度の概要

対象となるのは、封をしていない自筆証書遺言だけあり、さらに、法務省令で定める様式を満たしていなければなりません。

保管の申請については、この法律および法務省令で定められた方法により、遺言者本人により、法務局の遺言書保管官に対して行われます(4条)。

保管される遺言書については、申請情報とあわせて遺言書保管ファイルとして、電子データでも保管されます(7条)。

申請を撤回することも可能で、この場合も遺言者自身が行います(8条)。
遺言書は本人に返還され、電子データも消去されます。
ただし、保管申請が撤回されたからといって遺言書が無効になるわけではなく、通常の自筆証書遺言となるだけですので、遺言としても撤回したい場合は、破棄するか、新たに有効な遺言書を作成する必要があります。

遺言者の存命中に遺言書を閲覧できるのは、その遺言者だけです(6条2項)。

誰かが亡くなった場合に、自分が法定相続人である人や、受遺者になっている可能性がある人など(関係相続人等)は、遺言書保管官に対し、保管された遺言が存在するかどうかという点について、遺言書保管事実証明書の交付を請求することが出来ます(10条)。

また、実際に保管されていることが判明した場合、関係相続人等は、保管された遺言書の原本を閲覧し(9条3項)、保管された情報を証明する書面(遺言書情報証明書)の交付を請求することが出来ます(9条1項)。
一部の関係相続人が遺言書の原本を閲覧し、または証明書面の交付を受けた場合、遺言書保管官は、その他の法定相続人、受遺者、遺言執行者に対し、通知を行います(9条5項)。
これらの情報は申請時の申請情報に含まれており、速やかに通知を行うことができます。
これにより、遺言に関係する人が等しく、遺言の存在を知り、遺言の内容を確認する機会を保証されることになります。


相続人本人であっても、遺言書原本が交付されることはありません。
遺言書の原本および情報データは、遺言者の死亡から一定期間(相続に関する紛争を防止する必要があると認められる期間として政令で定める期間)経過により廃棄、消去されることになります(6条5項、7条3項)。
そのため、自分に関係のある人が死亡して相続が開始された場合には、なるべく早く法務局に遺言書が保管されているかどうかを確認した方が良いでしょう。

保管制度を利用して保管された遺言は、通常の自筆証書遺言と異なり、家庭裁判所における検認が不要になります(11条)。

なお、これらの保管制度は、申請、撤回、閲覧、証明等に所定の手数料がかかります(12条)。



以上が、法務局における自筆証書遺言の保管制度の概要です。

まだこの法律に関する法務省令が明らかになっていないため、法律施行後に、利用を検討する場合には、再度確認する必要がありますのでご注意下さい。


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2019年8月17日土曜日

配偶者短期居住権の新設




2018年7月相続法改正に関する記事です。

2018年7月相続法改正について

今回は、「配偶者短期居住権の新設」について見ていきましょう。

2020年4月1日から施行となる改正です。


1 条文

(配偶者短期居住権)
第1037条
1 配偶者は、被相続人の財産に属した建物に相続開始の時に無償で居住していた場合には、次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める日までの間、その居住していた建物(以下この節において「居住建物」という。)の所有権を相続又は遺贈により取得した者(以下この節において「居住建物取得者」という。)に対し、居住建物について無償で使用する権利(居住建物の一部のみを無償で使用していた場合にあっては、その部分について無償で使用する権利。以下この節において「配偶者短期居住権」という。)を有する。ただし、配偶者が、相続開始の時において居住建物に係る配偶者居住権を取得したとき、又は第891条の規定に該当し若しくは廃除によってその相続権を失ったときは、この限りでない。
一 居住建物について配偶者を含む共同相続人間で遺産の分割をすべき場合:遺産の分割により居住建物の帰属が確定した日又は相続開始の時から六箇月を経過する日のいずれか遅い日
二 前号に掲げる場合以外の場合:第3項の申入れの日から六箇月を経過する日
2 前項本文の場合においては、居住建物取得者は、第三者に対する居住建物の譲渡その他の方法により配偶者の居住建物の使用を妨げてはならない。
3 居住建物取得者は、第一項第一号に掲げる場合を除くほか、いつでも配偶者短期居住権の消滅の申入れをすることができる。

2 内容

 条文は一見複雑な構造をしているようですが、「配偶者短期居住権」は、配偶者に先立たれた相続人を保護する制度の一つです。
 その名のとおり、被相続人の配偶者が、ある時点まで、被相続人の所有していた建物に居住し続けることができる権利ということになります。


(1)配偶者短期居住権の認められる条件

① 被相続人の配偶者であること(ただし書きの場合を除く)
② 相続開始の時点で被相続人の財産に属した建物に無償で居住していたこと

 権利を認められるのは、あくまでも法律婚による配偶者ですので、内縁関係の夫婦の場合には、認められません。
 また、相続開始の時点で、実際にその建物に居住している必要があります。
 一方、相続開始まで被相続人と同居していたことは、要件にはなっていません。

 なお、建物の一部に居住していた場合にも、その一部について認められます。


(2)配偶者短期居住権の内容

 以上の条件を満たした被相続人の配偶者には、次のような範囲で、引き続きその建物を無償で使用し続けることができる権利が認められます。

 また、配偶者短期居住権が認められる期間は、当該建物を相続する人(居住建物取得者)が決まった場合でも、居住建物取得者は、その配偶者の無償での使用を妨
げることはできません。
 さらには、配偶者短期居住権を知らない第三者に譲渡されてしまった場合でも、配偶者短期居住権は保護されることになります。


① 遺産分割を行うべき場合

 次のアまたはイのいずれかのうち、遅い日まで

ア 遺産分割が整い配偶者以外の相続人が当該建物を相続することが決まったとき
イ 相続の開始から6か月を経過したとき

 すなわち、相続開始から最低6か月は、配偶者短期居住権が認められますし、遺産分割が整わない間はいつまでも配偶者短期居住権が認められ、無償での使用を続けることができる、ということになります。


改正前の民法でも、最高裁判例(最判平成8年12月17日)により、相続人である配偶者が被相続人の許諾を得て被相続人所有の建物に同居していた場合には、被相続人と相続人である配偶者との間で、相続開始時を始期とし、遺産分割時を終期とする使用貸借契約が成立していたものと推認される、と解されてきました。
これにより、この要件に該当する限り、相続人である配偶者は、遺産分割が終了するまでの間の短期的な居住権が確保されることとなりましたが、あくまでも意思の推定であるため、被相続人がそれとは違う意思を示しているときには、認められる余地はありませんでした。
今回の改正は、これまでの解釈を拡張したものと言えます。



② 遺産分割以外の場合

 例えば、当該建物について、被相続人の配偶者以外の者に相続させる、あるいは遺贈するという遺言があった場合などです。

 当該建物を所有することになった居住建物取得者が申入れ(配偶者短期居住権の消滅の申入れ)をしてから6か月間は、配偶者居住権が継続します。

これは、前述のこれまでの解釈では認められなかった、被相続人の意思に反する場合にも、配偶者の保護を拡大したものと言えます。

3 配偶者「短期」居住権

 配偶者短期居住権は、あくまでも一時的な権利です。
 配偶者であるからと言って、無条件に被相続人名義の建物に住み続けることが認められる権利ではありません。

 配偶者がその建物に住み続けるためには、
■ 被相続人が、配偶者の所有権または配偶者居住権を認める遺言を残すこと
または
■ 遺産分割により、配偶者が所有権または配偶者居住権を取得すること
が必要となってきます。





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2019年8月11日日曜日

相続の効力等に関する見直し


2018年7月相続法改正に関する記事です。


2018年7月相続法改正について

今回は、「相続の効力等に関する見直し」について見ていきましょう。

2019年7月1日から施行となった改正です。





1 条文

民法899条の21 相続による権利の承継は、遺産の分割によるものかどうかにかかわらず、次条及び第901条の規定により算定した相続分を超える部分については、登記、登録その他の対抗要件を備えなければ、第三者に対抗することができない。2 前項の権利が債権である場合において、次条及び第901条の規定により算定した相続分を超えて当該債権を承継した共同相続人が当該債権に係る遺言の内容(遺産の分割により当該債権を承継した場合にあっては、当該債権に係る遺産の内容)を明らかにして債務者にその承継の通知をしたときは、共同相続人の全員が債務者に通知をしたものとみなして、同項の規定を適用する。

民法1014条
2 遺産の分割の方法の指定として遺産に属する特定の財産を共同相続人の一人又は数人に承継させる旨の遺言(以下「特定財産承継遺言」という。)があったときは、遺言執行者は、当該共同相続人が第899条の2第1項に規定する対抗要件を備えるために必要な行為をすることができる。
3 前項の財産が預貯金債権である場合には、遺言執行者は、同項に規定する行為のほか、その預金又は貯金の払戻しの請求及びその預金又は貯金の契約の解約の申入れをすることができる。ただし、解約の申入れについては、その預貯金債権の全部が特定財産承継遺言の目的である場合に限る。
4 前項の規定にかかわらず、被相続人が遺言で別段の意思を表示したときは、その意思に従う。



2 内容

(1)これまでの考え方

これまでの民法では、遺言や遺産分割による権利の承継は絶対的な効力を持つため、第三者にその効力を主張するのに、あらかじめ特別な対策をしておく必要はないとされていました。

例えば、不動産の相続について次のような例を考えます。
Aが亡くなり、法定相続人は配偶者Pが50%、子Qが25%、子Yが25%です。
P、QおよびYの3人で遺産分割の協議を行った結果、この不動産はPが単独で相続することになりました。
しかし、その相続の登記は行っていませんでした。

さて、子Yに対して貸金債権を持つ債権者Xが居ます。
Xは、Aが亡くなったことを知り、Aの不動産のうち25%の持分をYが相続したものと考え、その持分を差押えようとしました。

ところが、Pはこの不動産は自分が単独で相続したものであるから、Xの差押えは認められない、と主張します。

民法の建前上は、Pの主張の方が正しいということになります。
なお、Aが「不動産をPに相続させる」という遺言を残した場合でも同様です。


不動産の場合、第三者に対して自分の権利を公示する機能(対抗要件)は、不動産登記を備えることとされています。
しかし、相続の場合、本来は、対抗要件の問題にはなりません。
相続は、被相続人の権利義務を包括的に承継する手続であるから、被相続人の登記があること=相続した人が対抗要件を備えていること、と考えられたからです。


これでは、上記の例における債権者Xのように、登記の内容を前提にして取引に入った第三者の安全を害する事になりかねません。
手続的に、迅速かつ秘密裏に行わなければならないような保全の手続などと、被相続人のままとなっている遺産の相続関係を調査することは両立しないでしょう。


このような観点から、これまで判例により以下のような修正が加えられて来ましたが、不十分なものでした。

判例により、法定相続分と異なる遺産分割をした場合、また遺贈を受けた場合は、第三者との関係では、対抗要件を備えなければ対抗できないとされました。
一方で、遺言による相続分の指定については、包括承継であるから対抗要件を備えていなくても、第三者に対抗できるとされました。
前者は、売買や贈与などと同じ特定承継としての性質が強く、後者は、まぎれもない包括承継であるという考えが、違いに反映されたのでしょう。


このように扱いに違いが生じてしまうため、登記等による公示を信じて取引に入った第三者の利益を、ますます害する状態になっていたとも言えます。



(2)改正法

以上のような観点から、今回の改正では、対抗要件の効果を相続という包括承継の場面まで拡張することになりました。

これまでの判例による修正に加え、「遺産の分割によるものかどうかにかかわらず、」とすることで、遺言による相続の場合でも、遺言に従って登記等の対抗要件を具備していなければ、第三者に対抗することはできないとされたのです(899条の2第1項)。


また、債権については、法定相続分を超えて承継した相続人が、債務者に対して通知したときに、相続人の全員から通知があったものとして、第三者にも対抗要件を備えるものとされました。

債権譲渡における対抗要件は、譲渡債権者から債務者への通知とされています。
(債務者に通知することで、債務者だけでなく第三者に対しても対抗することができるのです。)
債権譲渡の場合と同じであるとすれば、本来は、被相続人の立場を承継する相続人全員からの通知が必要なはずですが、改正法では、法定相続分を超えて承継した相続人単独による通知で足りるとされています。
法定相続分を承継しなかった相続人が、これらの通知に協力しない場合が考えられることから、修正が加えられています(899条の2第2項)。



なお、遺言執行者は、これらの対抗要件具備の手続を行うことができます(1014条2項)。

不動産の相続の場面において、「相続させる」遺言の場合、遺言執行者は相続登記の申請ができないとされていました。
(遺贈の場合には、登記申請ができました。)
今回の改正では、遺言執行者の権限が強化され、これらの登記申請ができるようになりました。



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2019年8月3日土曜日

遺言執行者の権限の明確化

2018年7月相続法改正に関する記事です。

2018年7月相続法改正について

今回は、「遺言執行者の権限の明確化」について見ていきましょう。

2019年7月1日から施行となった改正です。

1 条文


(遺言執行者の任務の開始)
第1007条
1 遺言執行者が就職を承諾したときは、直ちにその任務を行わなければならない。
※従来の1007条のとおり
2 遺言執行者は、その任務を開始したときは、遅滞なく、遺言の内容を相続人に通知しなければならない。
(遺言執行者の権利義務)
第1012条
1 遺言執行者は、遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する。
2 遺言執行者がある場合には、遺贈の履行は、遺言執行者のみが行うことができる。
3 第六百四十四条から第六百四十七条まで及び第六百五十条の規定は、遺言執行者について準用する。※従来の1012条2項のとおり
(遺言執行者の行為の効果)
第1015条
遺言執行者がその権限内において遺言執行者であることを示してした行為は、相続人に対して直接にその効力を生ずる。

2 内容

(1)第1007条第2項について

 遺言があり、遺言執行者がいれば、遺言に従った遺贈等が可能になります。
 しかしこれでは、遺産の処分について重大な利害関係をもつ相続人が、遺言の内容を知らされないまま遺産が処分されてしまうということも起こりえます。
 そこで、遺言執行者は、まず遺言の内容を相続人に知らせなければならないという規定が加えられました。
 実務的には、多くのケースで従来も行われていたものと思われますが、今回明文化されたことにより、遺言執行者の義務となりました。

(2)第1012条について、第1015条について

 遺言執行者の立場について、従来の1015条は、「遺言執行者は、相続人の代理人とみなす。」とされていました。
 遺言執行者は、遺言者(被相続人)の代理人なのか、相続人の代理人なのか、代理人ではなく遺言執行者という本人として職務を行う立場なのか、いろいろな考えがあり得ますが、条文上は相続人の代理人とされていたのです。
 しかし、被相続人の遺言に従っておこなうべき遺言執行者の職務内容が、相続人の意思に合致するとも限りません。
 遺言執行者の立場は、多面的な側面を持つため、従来の1015条は廃止されることになりました。

 まず、1012条1項にて、「遺言の内容を実現するため」という文言が加えられました。
 また、同2項において、遺贈の履行は遺言執行者のみが行うことが出来ることが明確化されました。

 そして、このように、遺言の内容を実現するために遺言執行者として行った行為の効果は、相続人に帰属することが改正された1015条で明らかにされました。


3 改正の影響

 1007条2項により義務が明確化されたほかは、従来の遺言執行者の職務内容についての解釈を整理して明確化したものと言えます。
 上述のとおり1007条2項の義務についても、従来多くの遺言執行者は行ってきたことです。
 したがって、改正の影響が大きく現れるということはないでしょう。


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2019年7月27日土曜日

遺産の分割前に遺産に属する財産を処分した場合の遺産の範囲

2018年7月相続法改正に関する記事です。

2018年7月相続法改正について

今回は、「 遺産の分割前に遺産に属する財産を処分した場合の遺産の範囲」について見ていきましょう。

2019年7月1日から施行となった改正です。


1 条文

第906条の2
1 遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合であっても、共同相続人は、その全員の同意により、当該処分された財産が遺産の分割時に遺産として存在するものとみなすことができる。
2 前項の規定にかかわらず、共同相続人の一人又は数人により同項の財産が処分されたときは、当該共同相続人については、同項の同意を得ることを要しない。


2 条文の意味

被相続人が死亡して遺産分割が始まる前に、相続人の一人(または数人)が、被相続人の財産を処分してしまった場合、処分された財産も遺産として扱う、という条文です。

例えば、相続人の一人が被相続人の死亡後、自分が口座を管理していてキャッシュカードの暗証番号等を知っていたことを良いことに、被相続人の預金を下ろして自分のものとしてしまった場合、その預金は遺産であったことを前提に、遺産分割を行うということになります。
これは、一見当たり前のように思えますが、これまではどうだったのでしょうか。

これまでは、遺産分割の対象は、分割時に存在している遺産でした。
そのため、それ以前に相続人の一人(または数人)が処分してしまった財産については、損害賠償請求ないし不当利得返還請求といった方法で、別途回復を図る必要があったのです。

しかし、これでは何重にも手続が必要になってきますし、抜け駆けした相続人が無資力になるリスクを他の相続人が負うことにもなります。
このようなやり方は不当であるため、今般の改正により条文が加えられました。


3 要件

① 遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合であること

あくまでも相続開始後の財産処分が対象となります。
被相続人の生前、相続人が被相続人の預金口座から勝手に預金を抜いて自分のものとしていた、というような場合は、この条文の対象ではありません。

② 共同相続人全員の同意があること

相続開始後の遺産に属する財産を処分した相続人以外の共同相続人全員の同意があることが、この条文を適用する条件となります。
財産処分をしてしまった相続人の同意は必要ありません(2項)。


4 効果

処分された財産も、遺産分割時に遺産として存在するものとして扱うことになります。


5 具体例

亡くなったAには、500万円の預貯金、1000万円の不動産、500万円のその他の財産(合計2000万円)があった。
Aの法定相続人は、配偶者Xと、子のY・Zの3人である。
Yは生前Aの預貯金口座の管理を行っていたため、Aが亡くなった後、A名義の預金口座から500万円全額を下ろして自分の口座に移してしまった。
X、Y及びZが遺産分割の協議を行うなかで、この事実が判明した。

この場合、XとZが同意する限り、Yが勝手に下ろして自分のものとしてしまった500万円の預貯金は、Aの遺産として存在するものとして扱うことになります。

すると、法定相続分で遺産分割を行う場合、Xは1000万円、Yは500万円、Zは500万円の相続分があることになります。
このうち、Yは500万円をすでに受け取っていることになりますので、実際に残っている1500万円分の遺産を、X1000万・Z500万円の割合で分けることになります。

実際には、上の例のように残った財産が不動産と預貯金以外の財産という場合、どのように分けるのかという問題が、この条文だけで解決する問題ではありません。
流動性の高い財産である預貯金をYが取ったままにしておいて良いのかとか、この例以上にYが財産をたくさん処分してしまった場合、Yはどのように返すことになるのかも、条文からは解決しません。
しかし、少なくとも改正前のように、不当利得返還請求等の二度手間をかける必要はなく、裁判所は審判によりYに遺産を返すよう命じることも可能になったと考えることができるのではないかと思われます。




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2019年7月20日土曜日

配偶者保護のための方策(持戻し免除の意思表示推定規定)

2018年7月相続法改正に関する記事です。

2018年7月相続法改正について

今回は、配偶者保護のための方策(持戻し免除の意思表示推定規定)について見ていきましょう。

2019年7月1日から施行となった改正です。

1 条文

民法903条4項
婚姻期間が二十年以上の夫婦の一方である被相続人が、他の一方に対し、その居住の用に供する建物又はその敷地について遺贈又は贈与をしたときは、当該被相続人は、その遺贈又は贈与について第一項の規定を適用しない旨の意思を表示したものと推定する。


2 改正のポイント

民法903条4項は、配偶者保護のために従来の条文に加えられた条文です。

(1)原則

共同相続人が、生前贈与または遺贈により被相続人から財産を受け取った場合、それは「特別受益」といい、相続の際に考慮するのが原則となります(民法903条1項)。
受取り済みの特別受益相当額を、分割対象の遺産に戻し(持ち戻し)て、遺産分割を行い、実際には特別受益を受けた相続人(特別受益者)は、受取済みの特別受益相当額を差し引いた遺産を相続することになります。

具体例として、被相続人Aの遺産が6000万、相続人が妻X(相続分1/2)、子Y(相続分1/4)、子Z(相続分1/4)で、妻XがAから生前2000万円相当の不動産を受け取っていた場合を考えます。
Aが既に受け取っていた不動産の価値2000万円を遺産に持ち戻すと、分割の基準は
6000万+2000万=8000万となります。
これを法定相続分で分割すると、X4000万、Y2000万、Z2000万となります。
しかし、Xはこのうち2000万円を既に受取済みとして、実際に相続できるのは、
4000万ー2000万=2000万となります。

すでに特別受益で貰い過ぎていることが判明した場合には、特別受益者は遺産からは相続することが出来ません(民法903条2項)。
最も、貰いすぎたものを返還する必要までは無いとされています。
その場合に、特別受益者以外がどのように分割するかについては、争いがありますが、今回は省略します。

(2)持ち戻しの免除

しかし、特別受益の持ち戻しについては、被相続人の意思により免除することが出来ます(民法903条3項)。

したがって、被相続人が遺言などで、特別受益については持ち戻しをする必要は無い、と定めておけば、903条1項のような考えをせずに済むことになります。

先ほどの具体例によれば、持ち戻しの免除の意思表示をすることにより、
X3000万、Y1500万、Z1500万という分割がされることになります。
Xは贈与、遺贈された部分とあわせると、5000万円相当の財産をAから引き継ぐことができました。

※ ただし、遺留分の計算においては、特別受益の持ち戻し免除の意思表示があったとしても、考慮されることになります。
したがって、例えば、家督相続のように全ての財産を長男に生前贈与してしまい、遺言などで特別受益持ち戻し免除の意思表示をしたとしても、配偶者やその他の兄弟は、遺留分侵害額の請求をすることができることになります。

(3)持ち戻し免除の推定

これが、今回改正により加わった部分です。

一定の要件を満たす相続人に対する特定の特別受益については、被相続人の持ち戻し免除の意思が推定される、というものです。

自分が亡き後も夫または妻が住居に困らないようにという被相続人の気持ちに沿った規定であるとは言えますが、夫婦であれば何でも持ち戻し免除が認められるというわけではありません。

対象となるのは、
 婚姻期間20年以上の夫婦で、一方がもう一方に贈与、遺贈を行うこと。
② 遺贈、贈与の対象が居住用の建物またはその敷地であること。
となります。

したがって、先ほどの具体例によれば、XとAが20年以上連れ添った夫婦であれば、被相続人Xが特別受益持ち戻し免除の意思表示を行っていなくても、その意思が推定されるため、相続開始時の遺産6000万円を基準として分割を行い、X3000万、Y1500万、Z1500万という結果が得られます。

あくまでも、居住用不動産の贈与、遺贈に限るということには注意が必要です。
先ほどの例で、Xの特別受益が2000万円の預金であった場合、Aがはっきりと持ち戻し免除の意思表示を行っておかなければ、持ち戻しすることが必要になってしまいます。

また、20年の婚姻期間ですが、贈与・遺贈の時点で判断されることになります。
したがって、20年未満で死別となった夫婦の場合はもちろん、20年以上婚姻期間が続いている夫婦であっても、生前贈与の時期が婚姻20年に達していない場合には、この推定規定は適用されません。
その意味でも、持ち戻し免除の意思表示は、はっきり行っておいた方が良いでしょう。

20年という期間は、贈与税の配偶者控除(相続税法21条の6)の規定に対応し、配偶者に対する生前贈与をしやすくするという意図が含まれています。


今回の相続法改正のポイントとして、配偶者保護の強化が図られていますが、この改正もその一つと言えるでしょう。



なお、特別受益は、不動産の贈与など比較的分かりやすいものもありますが、実際に争いになるようなケースでは、かなり専門的な判断が必要になってきます。
このような場合は、ぜひとも弁護士にご相談下さい。



摂津市,吹田市,茨木市,高槻市,島本町で,遺言・相続に関するご相談は, 大阪北摂法律事務所まで。 もちろん他の地域からのご相談も受け付けています。 お気軽にどうぞ。

2019年7月13日土曜日

遺留分制度に関する見直し

2018年7月相続法改正に関する記事です。

2018年7月相続法改正について

今回は、「遺留分制度に関する見直し」について見ていきましょう。

2019年7月1日から施行となった改正です。



1 条文

遺留分に関する規定は、後述のように内容が変更になったほか、もともとの条文(1028条以下)から条数がずれて、新しい条文では1042条以下に規定されています。


(遺留分の帰属及びその割合)
第1042条 兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分として、次条第1項に規定する遺留分を算定するための財産の価額に、次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める割合を乗じた額を受ける。
 一 直系尊属のみが相続人である場合 3分の1
 二 前号に掲げる場合以外の場合 2分の1
2 相続人が数人ある場合には、前項各号に定める割合は、これらに第900条及び第901条の規定により算定したその各自の相続分を乗じた割合とする。

(遺留分を算定するための財産の価額)
第1043条 遺留分を算定するための財産の価額は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除した額とする。
2 条件付きの権利又は存続期間の不確定な権利は、家庭裁判所が選任した鑑定人の評価に従って、その価格を定める。

第1044条 贈与は、相続開始前の一年間にしたものに限り、前条の規定によりその価額を算入する。当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは、一年前の日より前にしたものについても、同様とする。
2 第904条の規定は、前項に規定する贈与の価額について準用する。
3 相続人に対する贈与についての第一項の規定の適用については、同項中「1年」とあるのは「10年」と、「価額」とあるのは「価額(婚姻若しくは養子縁組のため又は生計の資本として受けた贈与の価額に限る。)」とする。

第1045条 負担付贈与がされた場合における第1043条第1項に規定する贈与した財産の価額は、その目的の価額から負担の価額を控除した額とする。
2 不相当な対価をもってした有償行為は、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知ってしたものに限り、当該対価を負担の価額とする負担付贈与とみなす。

(遺留分侵害額の請求)
第1046条 遺留分権利者及びその承継人は、受遺者(特定財産承継遺言により財産を承継し又は相続分の指定を受けた相続人を含む。以下この章において同じ。)又は受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができる。
2 遺留分侵害額は、第1042条の規定による遺留分から第1号及び第2号に掲げる額を控除し、これに第3号に掲げる額を加算して算定する。
 一 遺留分権利者が受けた遺贈又は第903条第1項に規定する贈与の価額
 二 第九百条から第九百二条まで、第903条及び第904条の規定により算定した相続分に応じて遺留分権利者が取得すべき遺産の価額
 三 被相続人が相続開始の時において有した債務のうち、第899条の規定により遺留分権利者が承継する債務(次条第三項において「遺留分権利者承継債務」という。)の額

(受遺者又は受贈者の負担額)
第1047条 受遺者又は受贈者は、次の各号の定めるところに従い、遺贈(特定財産承継遺言による財産の承継又は相続分の指定による遺産の取得を含む。以下この章において同じ。)又は贈与(遺留分を算定するための財産の価額に算入されるものに限る。以下この章において同じ。)の目的の価額(受遺者又は受贈者が相続人である場合にあっては、当該価額から第千四十二条の規定による遺留分として当該相続人が受けるべき額を控除した額)を限度として、遺留分侵害額を負担する。
 一 受遺者と受贈者とがあるときは、受遺者が先に負担する。
 二 受遺者が複数あるとき、又は受贈者が複数ある場合においてその贈与が同時にされたものであるときは、受遺者又は受贈者がその目的の価額の割合に応じて負担する。ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従う。
 三 受贈者が複数あるとき(前号に規定する場合を除く。)は、後の贈与に係る受贈者から順次前の贈与に係る受贈者が負担する。
2 第904条、第1043条第2項及び第1045条の規定は、前項に規定する遺贈又は贈与の目的の価額について準用する。
3 前条第1項の請求を受けた受遺者又は受贈者は、遺留分権利者承継債務について弁済その他の債務を消滅させる行為をしたときは、消滅した債務の額の限度において、遺留分権利者に対する意思表示によって第一項の規定により負担する債務を消滅させることができる。この場合において、当該行為によって遺留分権利者に対して取得した求償権は、消滅した当該債務の額の限度において消滅する。
4 受遺者又は受贈者の無資力によって生じた損失は、遺留分権利者の負担に帰する。
5 裁判所は、受遺者又は受贈者の請求により、第1項の規定により負担する債務の全部又は一部の支払につき相当の期限を許与することができる。

(遺留分侵害額請求権の期間の制限)
第1048条 遺留分侵害額の請求権は、遺留分権利者が、相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から1年間行使しないときは、時効によって消滅する。相続開始の時から10年を経過したときも、同様とする。

(遺留分の放棄)
第1049条 相続の開始前における遺留分の放棄は、家庭裁判所の許可を受けたときに限り、その効力を生ずる。
2 共同相続人の一人のした遺留分の放棄は、他の各共同相続人の遺留分に影響を及ぼさない。


2 変更のポイント① 遺留分によって生じる権利が金銭債権となった

  遺留分減殺請求 ⇒ 遺留分侵害額請求

 これまで、法定相続人の遺留分を超える遺贈等が行われた場合、遺留分を侵害された相続人は、受遺者等に対して、「遺留分減殺請求」を行うことができました。
 しかし、遺留分を超えた遺贈等の対象が例えば不動産であった場合、遺留分減殺請求権の行使により、その不動産については、どうしても受遺者等と遺留分減殺請求を行った相続人との共有関係が生じてしまいました。
 共有状態になることにより、その財産をめぐる権利関係が複雑化し、ただでさえ遺留分減殺請求により対立しがちな当事者間には、解決すべき困難な問題が残ってしまうことになります。
 また、「この財産」を「この人」に遺したいと思って遺言を作成した被相続人の気持ちにも添えない結果となってしまう可能性が高くなります。(共有関係を解消するために、結局その財産を売却処分せざるを得ない場合など。)

 従来の遺留分減殺請求で生じてしまう問題を解決するために、遺留分によって生じる権利は、金銭債権となりました。
 どういうことかと言うと、例えば不動産が一人に遺贈されてしまったために、ある相続人の遺留分が侵害された場合、その相続人が請求できるのは、不動産の持分ではなく、侵害された遺留分の価値に相当する金銭、ということになります。
 この請求権は、遺留分侵害額請求権という名称になります(1046条)。


3 改正のポイント② 遺留分侵害額請求に応ずる場合の期限の猶予


遺留分侵害額請求という金銭債権の請求に代わったことにより、請求される側は、手元に金銭がなければその請求に応えられないという事態が起こり得ます。

もちろん、当事者間で分割の合意が出来ればそれで構わないでしょう。
しかし、折り合いがつかない場合は、どうでしょうか。
このような場合でも、遺留分侵害額請求への支払いの全部又は一部について、裁判所が期限の猶予を与えることが出来るようになりました(1047条5項)。

猶予がない場合には遺贈等された遺産を結局処分せざるをえないといったケースでも、一部または全部の支払いを分割等にすることにより、処分せずにすむ可能性が高まることになります。


4 改正のポイント③ 遺留分侵害額算定における生前贈与分の扱いの変更


遺留分が侵害されているかどうかの判断に際して、問題となる生前贈与は死亡1年以内のものであるという条文になっていました。
もっとも、判例により、法定相続人に対する生前贈与のうち、特別受益に当たる贈与については(持ち戻し免除の有無にかかわらず)、死亡1年以上前のものでも、遺留分算定の基礎となることが確認されていました。
すなわち、法定相続人に対する生前贈与については、特別受益に当たる限り、無制限に遺留分侵害の算定に考慮されることになっていたのです。

今回の改正により、法定相続人に対する生前贈与については、死亡10年前より以降のものだけが遺留分侵害額の算定の基礎となることが、規定されました(1044条3項)。

これにより、古い生前贈与が問題とならなくなる結果、スムーズな事業承継を行うため早い段階から準備しておけば、後々の争いを避けられるというような効果も期待できそうです。



以上が、遺留分制度に関する見直しの概要となります。

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2019年7月6日土曜日

相続人以外の者の貢献を考慮するための方策

2018年7月相続法改正に関する記事です。

2018年7月相続法改正について

今回は、相続人以外の者の貢献を考慮するための方策「特別の寄与」について見ていきましょう。

2019年7月1日から施行となった改正です。


1 条文

特別の寄与に関する条文は民法1050条です。


第1050条
1.被相続人に対して無償で療養看護その他の労務の提供をしたことにより被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした被相続人の親族(相続人、相続の放棄をした者及び第八百九十一条の規定に該当し又は廃除によってその相続権を失った者を除く。以下この条において「特別寄与者」という。)は、相続の開始後、相続人に対し、特別寄与者の寄与に応じた額の金銭(以下この条において「特別寄与料」という。)の支払を請求することができる
2.前項の規定による特別寄与料の支払について、当事者間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、特別寄与者は、家庭裁判所に対して協議に代わる処分を請求することができる。ただし、特別寄与者が相続の開始及び相続人を知った時から六箇月を経過したとき、又は相続開始の時から一年を経過したときは、この限りでない
3.前項本文の場合には、家庭裁判所は、寄与の時期、方法及び程度、相続財産の額その他一切の事情を考慮して、特別寄与料の額を定める
4.特別寄与料の額は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額から遺贈の価額を控除した残額を超えることができない
5.相続人が数人ある場合には、各相続人は、特別寄与料の額に第九百条から第九百二条までの規定により算定した当該相続人の相続分を乗じた額を負担する


2 特別寄与者の範囲

特別寄与者の条件は、次のとおりです。

① 被相続人に対して無償で療養看護その他の労務の提供をしたことにより被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をしたこと

② 被相続人の親族であり、相続人でなく、相続放棄をした者でもないこと


①の条件は、従来相続人に認められていた「寄与分」の規定(民法904条の2)に対応しています。
ただし、民法904条の2と違い、寄与の対価が無償であることが求められます
すなわち、相続人にしか認められなかった被相続人に対する寄与について、無償の寄与のに限り、相続人以外にもついても考慮できるようにした規定と言えます。

②の条件により、特別寄与者の範囲は、相続人および相続放棄をした者以外の「親族」と定められました。
親族については、民法725条により、六親等内の血族、配偶者、三親等内の姻族とされています。
すなわち、この範囲の人でなければ特別寄与者とは認められません。
逆に言えば、この範囲以外の人が、いくら被相続人の生前に貢献していたとしても、遺贈または死因贈与などがなければ、被相続人の相続財産から分配を受けることは出来ないことになります。

内縁関係にあったとしても、条件を満たさない限り特別寄与者とは認められません。
したがって、内縁配偶者に対して財産を残したい場合には、遺言や生前贈与の方法をとる必要があることには変わりありません。



3 特別寄与料の請求方法と請求の時間的制限

特別寄与者は、特別の寄与に応じた金銭を、相続人に対して請求することができます。

相続人(ら)との協議が整わない場合は、家庭裁判所に調停・審判を申し立てることができます。
ただし、この申立ての期限は、特別寄与者が相続が開始したことと相続人を知ってから半年以内かつ、相続開始から1年以内とされています。

裁判外の協議には時間制限はありませんが、裁判上の請求の期限を過ぎてしまってからは特別寄与料は受け取れないと考えておいた方が良いでしょう。


4 特別寄与料の金額

特別寄与料よりも遺贈の方が優先されます。
すなわち、あくまでも被相続人の意思が優先されるということになります。

また、当然ながら相続財産の範囲内でのみ認められます。

これを前提として、相続人(ら)と特別寄与者の間で協議を行うことになります。

協議が整わない場合の裁判所の審判では、寄与の時期、方法及び程度、相続財産の額その他一切の事情が考慮されて特別寄与料が決定されることになります。


5 特別寄与料の負担

特別寄与料は相続人が負担することとなります。

相続人が複数いる場合、法定相続分の割合で各相続人がそれぞれ負担することになります。


以上が、このたび改正・施行となった相続法の相続人以外の者の貢献を考慮するための方策に関する解説となります。


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2019年6月29日土曜日

仮払い制度等の創設・要件明確化

2018年7月相続法改正に関する記事です。

2018年7月相続法改正について

今回は、仮払い制度等の創設・要件明確化について見ていきましょう。

2019年7月1日から施行となる改正です。


被相続人が亡くなると、その人名義の預貯金口座は凍結され、相続人は自由に引き出すことができなくなります。
これは、2016年12月19日の最高裁判決により明らかにされたことです。

かつては、預貯金債権は遺産分割の対象ではないとされ、各相続人が相続分に応じて自由に引き出せるものとされていました。
しかし、実務上は、相続人間の無用な争いを招くため、相続が発生したことを知った金融機関は、相続人による自由な引き出しには応じていませんでした。
預貯金も遺産分割の対象となる、と考えた方が一般的にも理解しやすいですし、実務上、相続人間で遺産分割の対象とする合意をすることにより、遺産分割の対象とすることができる、という運用が長らくなされていました。
上記最高裁判決は、この実務上の流れに沿う形で、それまでの判例を変更し、預貯金債権も遺産分割の対象となることが確認されたのです。

一方、預貯金が遺産分割の対象となることにより、少し困った事態も出てきます。
相続人が、被相続人の葬儀費用や病院の治療費などを早急に支払いたいが手元に自分のお金はない、また、それまで被相続人に生活を頼り切っていたため、手元に生活費がない、被相続人の口座には十分預金があるのに・・・といった場合でも、相続人間での遺産分割がまとまらないかぎり、引き出しを行えないのです。

このような場合に対応するために、今回の相続法改正で仮払いの制度が定められました。




1 改正民法909条の2

民法の条文はこうなっています。

各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち相続開始の時の債権額の三分の一に第900条及び第901条の規定により算定した当該共同相続人の相続分を乗じた額(標準的な当面の必要生計費、平均的な葬式の費用の額その他の事情を勘案して預貯金債権の債務者ごとに法務省令で定める額を限度とする。)については、単独でその権利を行使することができる。この場合において、当該権利の行使をした預貯金債権については、当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす。

また、これを受けた法務省令では、次のように定められています。

民法第909条の2に規定する法務省令で定める額は、150万円とする。


法定相続人は、一定の範囲内で預金債権を引き出せる、というものです。


条文の適用は、以下のようになります。

例えば、P銀行に被相続人Aの預金債権が1500万円あり、XはAの法定相続人で、その法定相続分は2分の1であったとします。

このとき、そのP銀行の預金額1500万円の3分の1に、法定相続分2分の1をかけた金額は、250万円となります。

XがP銀行から下ろせるA名義の預金債権は250万円と言いたいところですが、法務省令で上限が150万円となっていますので、下ろせるのは150万円まで、ということになります。


なお、複数の口座があるときには、金融機関ごとに仮払いを受けることができます。
(金融機関の間で情報を共有することはできないため、仕方ないですが。)

例えば、上の例で、Q銀行にもA名義の預金が600万円あった場合、Xはこちらでも仮払いをうけることができます。
仮払いを受けることができる金額は、法務省令の上限の範囲内となる、600万円×1/3(条文)×1/2(法定相続分)=100万円となります。
P銀行の分とあわせると250万円が引き出せる、ということになりますね。


これら改正民法に基づく仮払いは、各金融機関の窓口にて可能となります。
裁判手続を経ずに行えるので、比較的迅速に仮払いを受けることができるということになりますが、戸籍等一式をそろえて相続関係を明らかにする必要がありますので、通常は、被相続人が亡くなったその日に、あるいは翌日に引き出すというのは難しいでしょう。




2 家庭裁判所の保全処分

家事手続法200条3項で新設された保全処分です。

200条
1 家庭裁判所(第105条第二項の場合にあっては、高等裁判所。次項及び第三項において同じ。)は、遺産の分割の審判又は調停の申立てがあった場合において、財産の管理のため必要があるときは、申立てにより又は職権で、担保を立てさせないで、遺産の分割の申立てについての審判が効力を生ずるまでの間、財産の管理者を選任し、又は事件の関係人に対し、財産の管理に関する事項を指示することができる。
2 家庭裁判所は、遺産の分割の審判又は調停の申立てがあった場合において、強制執行を保全し、又は事件の関係人の急迫の危険を防止するため必要があるときは、当該申立てをした者又は相手方の申立てにより、遺産の分割の審判を本案とする仮差押え、仮処分その他の必要な保全処分を命ずることができる。
3 前項に規定するもののほか、家庭裁判所は、遺産の分割の審判又は調停の申立てがあった場合において、相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁その他の事情により遺産に属する預貯金債権(民法第466条の5第一項に規定する預貯金債権をいう。以下この項において同じ。)を当該申立てをした者又は相手方が行使する必要があると認めるときは、その申立てにより、遺産に属する特定の預貯金債権の全部又は一部をその者に仮に取得させることができる。ただし、他の共同相続人の利益を害するときは、この限りでない。
4 第125条第一項から第六項までの規定及び民法第27条から第29条まで(同法第27条第二項を除く。)の規定は、第一項の財産の管理者について準用する。この場合において、第125条第三項中「成年被後見人の財産」とあるのは、「遺産」と読み替えるものとする。


こちらは、遺産分割の調停や審判(本案事件)が申し立てられたことが前提となっています。
本案事件を申し立てた当事者はもちろん、相手方となった当事者の方でも利用できる保全処分です。

保全処分には、金融機関の窓口に行けば受けられる仮払いと違って、金額的な制限はありません。
ただし、預貯金債権を下ろすための必要性や、その金額については、仮の判断(保全)ではありますが、家庭裁判所により審理されることになります。

家庭裁判所への本案事件の申立てと、保全の申立てと審理を必要とするため、当然ながらある程度時間のかかる手続となります。
ひとまず、1の金融機関での仮払いを先に行うべきでしょう。



3 遺産分割手続での扱い

仮払いを受けた預貯金債権は、遺産分割としてすでに受け取ったものとして扱われ、遺産分割手続に反映することになります(民法909条の2)。

例えば、次のような例を考えます。
①被相続人Aの法定相続人はX、Yの2名、どちらも法定相続分は2分の1。
②A名義の資産は、P銀行に1500万円、Q銀行に600万円の預貯金債権があるだけ。
③XがP銀行から1500万円の預金のうち150万円の仮払いを受け、Q銀行から600万円の預金のうち100万円の仮払いを受けた。
④法定相続分から調整すべき事情は存在しない。

残った遺産1850万円の預貯金債権を分割するにあたり、X、Yで話し合いがつけばどのような分け方でも良いのですが、話し合いがつかない場合はどうなるでしょう。

Xは250万円を受け取っていますが、Aの相続財産は元通り2100万円だったことを前提に、法定相続分で分けます。
Xは、1050万円の法定相続分のうち250万円は受取済みとなりますので、800万円を取得することになります。
Yは、1050万円を取得することになります。

当然の結論ですね。




摂津市,吹田市,茨木市,高槻市,島本町で,遺言・相続に関するご相談は, 大阪北摂法律事務所まで。 もちろん他の地域からのご相談も受け付けています。 お気軽にどうぞ。

2019年6月22日土曜日

配偶者居住権(2)

2018年7月相続法改正に関する記事です。

2018年7月相続法改正について

2020年4月1日に施行される配偶者居住権について見ていきたいと思います。

条文の紹介記事は以前の記事をご覧下さい。



1 配偶者居住権とはなんでしょう

配偶者居住権は、亡くなられた方(被相続人)の配偶者(夫または妻)が、被相続人の遺産であった居住用建物(自宅)に生涯または一定期間住み続けることができるように配慮して、新たに設けられた権利です。
相続開始の時に自宅に住んでいなければなりません。

2 配偶者居住権はどうすれば発生するのでしょうか

配偶者居住権は、遺言または遺産分割における選択肢の一つとして、配偶者に取得させることができます。

遺言がない場合、基本的には相続人間の合意が必要ですが、特別の事情があれば、合意がない場合でも家庭裁判所の遺産分割審判において配偶者居住権が認められることがあります。


配偶者短期居住権と違って、自動的に発生する権利ではないので注意が必要です。



3 配偶者居住権を認めることでどのような利点があるのでしょうか

配偶者が自宅で暮らしながらその他の財産も取得できる可能性があります。

具体的に見ていきましょう。
Aさんは、3000万円の価値のある自宅と預貯金1000万円を遺して亡くなりました。
遺言はありませんでした。
Aさんの法定相続人は、妻のBさんと子のCさんですので、法定相続分は1対1ということになります。

Bさんは、自宅に継続して住み続けたいと思っています。

(今までの制度だと)

Bさんが自宅の所有権を取得するのが理想です。
その代わり、Cさんがあくまでも1対1の相続を主張した場合には、預貯金1000万円のほか、代償金としてさらに1000万円をCさんに渡す必要があります。
Bさんとしては、自宅への居住継続は確保できたとしても、今後の生活には大いに不安を覚えるところです。
そもそも自宅をBさんが取得することに合意ができるとも限りません。

Cさんが相続した上で、BさんはCさんから自宅を賃貸借契約を締結する、という方法もあります。
しかし、合意が成立しなければ賃貸借契約は成立しません。



(配偶者居住権を利用すると)
遺産分割において、Bさんの配偶者居住権を認める合意が成立するか審判が確定すると、Bさんは自宅への居住を継続することができます。
その場合、Bさんが取得するのはあくまでも「配偶者居住権」であり、所有権ではありません。

このとき、所有権はCさんの名義とするならば、Cさんが取得するのは「制限付きの所有権」ということになり、CさんはBさんの配偶者居住権が継続する間、この不動産を自由に処分することが出来なくなります。
理論的には、不動産の価格=(Bさんの)配偶者居住権の価値+(Cさんの)制限付き所有権の価値ということになります。

配偶者居住権の評価は、相続税申告にも必要となるため、税務上の計算方法が定められることになります。
もっとも、相続人間で配偶者居住権をどの程度に評価するかは、合意ができさえすれば自由です。
争いが生じた場合には遺産分割の場面において、税務上それぞれがどのように評価されるかが、分割に際しての指標になるでしょう。

例えば、3000万円の不動産のうち、Bさんの配偶者居住権が1200万円、Cさんの制限付き所有権が1800万円と評価し、BさんとCさんで均等に遺産を分けることにする場合、残りの現預金1000万円をBさんに800万円、Cさんに200万円というような分け方をすることも出来るのです。
Bさんとしては、自宅を維持しつつも手元にまとまった財産を遺すことができました。
Cさんは、Bさんが亡くなり、配偶者居住権が無くなることによって、(税務上の負担は別として)負担のない所有権を取得することが可能になります。




遺言書作成の場面では、より重要な変更と言えるかも知れません。

遺留分を侵害した遺言を作成してしまうと、侵害された相続人の意向により、自分の意思どおりの相続は実現できない可能性が高まってしまいます。
例えば、不動産の価値が大きく、その他預貯金等は少ないというような財産の場合、配偶者に不動産を相続させるとすると、たとえ子供にその他全てを相続させるとしても、どうしても子供の遺留分を侵害する可能性が高まります。
その場合、税務上どのように配偶者居住権が評価されるかを検討したうえで、「配偶者に配偶者居住権を取得させる」旨の遺言を作成することにより、配偶者の自宅への居住を確保したうえで、遺留分を侵害しない遺言を残すことができる可能性が高まります。
なお、配偶者居住権を取得させることは、「遺贈」の扱いとなります。


ただし、配偶者居住権の価値がかなり高く評価されてしまい、自宅の所有権そのものとほとんど変わらないような場合は、あまり使えないという可能性もあります。

いずれにせよ、配偶者居住権を定める遺言の作成には、税務上の知識と、遺留分等相続法の知識が必要ですので、専門家の助けを借りた方が良いでしょう。



(補足)
配偶者居住権を遺産分割の場面で考慮できるようになるのは、施行日(2020年4月1日)以後に相続が発生した場合です。
また、配偶者居住権を遺贈する遺言については、施行日以降に作成されたものでなければ、意図したとおりの効果を得ることは出来ません。
(附則10条)




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2019年6月15日土曜日

チケット不正転売禁止法が施行されました

チケット不正転売禁止法(正式名称:特定興行入場券の不正転売の禁止等による興行入場券の適正な流通の確保に関する法律)が2019年6月14日に施行されました。

ダフ屋行為やインターネット上などでの転売、とくに高額での転売などが禁止されるのだろうということは想像できますが、実際にはどのような規制がなされるのでしょうか。




1 何のチケットが対象となるのでしょうか?
2 どういう行為が不正転売となるのでしょうか?
3 チケットを販売する側は何かする必要があるのでしょうか?
4 どういう行為に対してどういう罰則があるのでしょうか?



1 何のチケットが対象となるのでしょうか?

日本国内で行われる、不特定又は多数の人に見せ、聴かせることを目的とした芸術及び芸能(映画、演劇、演芸、音楽、舞踊その他)又はスポーツの興業のチケットです。

ただし、チケットは次のような要件を備えている必要があります。

○ 興行主(または興行主から委託を受けた販売者)により、チケット販売の際に興行主の同意のない転売は禁止である旨明示され、チケット(Eチケットなども含む)の券面にも同様の記載があること
○ 特定の日時・場所の興業であり、入場資格者または座席が指定されてること
○ 入場資格者を指定するものは、氏名と連絡先をチケット販売の際に確認すること
○ 座席のみ指定するものであっても、購入者の氏名と連絡先をチケット販売の際に確認すること

海外での公演のチケットは対象となりません。
また、遊園地の入場チケットなどは対象になりませんね。


2 どういう行為が不正転売となるのでしょうか?

この法律で規制される不正転売は、次の条件を全て満たした転売行為です。
① 興行主の事前の同意を得ていないこと
② 業として行うチケットの転売であること
③ 販売価格を超える価格で転売すること

例えば、予定していた公演に行けなくなったので、譲り先をインターネットで探して転売したというような場合は、たとえ少々高値であったとしても、「業として」には該当しないため普通は該当しません。

もっとも、このような転売を何度もしていると「業として行っている」と判断されることで、罰則の適用があり得ます。

なお、この法律は民事上の効果を規制するものではないため、興行主が転売されたチケットでは入場できない措置をとっているような場合は、たとえこの法律に定められた「不正転売」でなかったとしても、もちろん譲られた人は入場できません。
転売した人が罰則を受けることはない、というだけです。


3 チケットを販売する側は何かする必要があるのでしょうか?

興行主には、努力義務ではありますが、次のようなことが求められています。

① 入場時に、チケットで入場する人が入場資格者であるかどうかを確認するための措置などを講ずること
② 許可を得た適正な転売は可能にできるよう、購入者に機会を提供すること
③ 正確かつ適切な情報を提供し、購入者等からの相談に適切に対応すること


なお、興行主だけでなく、国および地方公共団体にも、努力義務が規定されています。


4 どういう行為に対してどういう罰則があるのでしょうか?

不正転売を行った者はもちろん、不正転売で購入した者も罰せられます。

1年以下の懲役または100万円以下の罰金で、これが併科されることもあります。

ダフ屋から購入しても罰則があるので、注意が必要です。




以上が「チケット不正転売禁止法」の概要です。


上にも少し述べましたが、この法律はチケット売買契約に関して、民事上の効果を直接規定するものではありません。
もっともこの法律が定められた趣旨から、例えばチケット転売行為が公序良俗違反等で無効とされる範囲についての判断の基準となるなど、契約関係にも影響はあるものと思われます。



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2019年2月19日火曜日

不貞相手方に対する離婚慰謝料請求(認めず)

本日、最高裁判所にて、重要な判決が出ました(最高裁第三小法廷 平成31年2月19日判決)。

要旨:夫婦の一方は、他方と不貞行為に及んだ第三者に対し、特段の事情がない限り,離婚に伴う慰謝料を請求することはできない

判例検索画面へのリンク


XA夫婦がいて、AとYが不貞行為に及んだ結果、XA夫婦は離婚することになった。
この場合、XはAの不倫相手であったYに対して慰謝料請求できるか。
という問題です。

これまでの裁判例では、不貞行為が存在する場合、AとYの共同不法行為を認め、その結果に応じて慰謝料請求を認めてきました。
おおざっぱに言えば、離婚することになった場合は慰謝料は多額に、そうでない場合は少額になる、という具合でした。

しかし、本日の判決により、離婚という結果(被害・損害)について、第三者(Y)に対する慰謝料を請求することは原則として否定されました。
不貞行為そのものと夫婦の離婚という結果には相当因果関係が認められない理由については、離婚は夫婦間で決まるものだから、とされています。


誤解してはならないのは、不貞行為そのものに対する慰謝料請求は否定されていない、ということです。
不貞行為を知ったことによってXが受けた精神的損害について、Yに対して請求することは否定されていません。

したがって、XA夫婦が離婚になろうがなるまいが、第三者であるYが負うべき慰謝料は、原則として、これまでの「離婚に至らなかった場合」レベルの少額の慰謝料にとどまることになるのではないかと思われます。

また、離婚という結果に因果関係が認められないことと、損害額の算定において離婚の事実を考慮すべきかどうか、については別だと考えられます。
すなわち、不貞行為を知ったことにより離婚を決意することになった、という場合と、不貞行為を知ったことによりショックを受けた、という場合では、被害者であるXの損害は前者の方が大きい、と考えることは十分に可能であると思われます。
(理解が難しいところですが。)
これまでの実務がどれほどの変更を受けることになるのか、注目されます。



時効との関係でも、離婚を起算点とするのではなく、不貞行為の事実(損害)と不倫相手を知った時を起算点とすることになるため、注意が必要となります。
本日の最高裁判決の事例でも、不貞行為自体は過去のもので、そのときは我慢したけれど、結局離婚に至った、というものでした。
不貞行為を知ったことによって精神的損害を受けたことは確かでしょうが、慰謝料請求をしようとした時には、不貞行為の事実と不倫相手を知ってから3年以上が経過していたため、不貞行為を知ったことによる精神的損害を請求することは困難であったのだろうと思われます。
(そのため、不貞行為の結果として離婚が生じた、と主張し、最終的な損害である離婚があったことを時効の起算点として請求することにしたものだと思われます。)

理論的にはすっきりしない気もするのですが、最高裁判例ですのでこれを避けて通ることは出来ません。


なお、例外として、「第三者がそのことを理由とする不法行為責任を負うのは,当該第三者が,単に夫婦の一方との間で不貞行為に及ぶにとどまらず,当該夫婦を離婚させることを意図してその婚姻関係に対する不当な干渉をするなどして当該夫婦を離婚のやむなきに至らしめたものと評価すべき特段の事情があるときに限られるというべきである。」との判断がなされています。

今後は、どのような場合に、例外に当てはまるかが争いとなっていくことでしょう。


なお、不貞行為はAとYの共同不法行為となります。
AとYは、不貞行為による損害の範囲で、Xに対する連帯債務(不真性連帯債務)を負うことになるでしょう。
一方、YはXに対して、婚姻関係を破綻させたことに対する債務も負うことになります。
前者は後者の一部と重なるため、Xとしては、AとYに対して慰謝料請求を行う場合、たとえばYに対しては300万円、内金100万円についてはAと連帯して支払うよう求めることになるものと思われます。


今回の判決は、政策的な意図もあるのではないかと思われます。
不貞配偶者Aに対する慰謝料請求は良いとしても、不貞相手方Yに対する慰謝料請求を認めることには、もともと強い反対意見があります。
これを完全に否定することは論理的に難しいでしょうが、今回の判決では、不貞相手方の責任を事実上縮小する効果はあるのではないでしょうか。



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2019年2月7日木曜日

配偶者居住権(1)

2018年7月相続法改正に関する記事です。

このたびの改正により、配偶者の居住権を保護するための方策が規定されました。
2020年4月1日の施行となっていますので、施行はもう少し先の話になります。

2018年7月相続法改正について

配偶者の居住権を保護するための方策として、配偶者居住権に関する規定が新たに設けられました。
まずは新設された条文を紹介します。


民法1028条(配偶者居住権)
1 被相続人の配偶者(以下「配偶者」という)は、被相続人の財産に属した建物に相続開始の時に居住していた場合において、次の各号のいずれかに該当するときは、その居住していた建物(以下「居住建物」という)の全部について無償で使用及び収益をする権利(以下「配偶者居住権」という)を取得する。ただし、被相続人が相続開始の時に居住建物を配偶者以外の者と共有していた場合にあっては、この限りでない。
 ① 遺産の分割によって配偶者居住権を取得するものとされたとき。
 ② 配偶者居住権が遺贈の目的とされたとき。
2 居住建物が配偶者の財産に属することとなった場合であっても、他の者がその共有持分を有するときは、配偶者居住権は、消滅しない。
3 第903条第4項の規定は、配偶者居住権の遺贈について準用する。

1029条(審判による配偶者居住権の取得)
遺産の分割の請求を受けた家庭裁判所は、次に掲げる場合に限り、配偶者が配偶者居住権を取得する旨を定めることができる。
① 共同相続人間に配偶者が配偶者居住権を取得することについて合意が成立しているとき
② 配偶者が家庭裁判所に対して、配偶者居住権の取得を希望する旨を申し出た場合において、居住建物の所有者の受ける不利益の程度を考慮してもなお配偶者の生活を維持するために特に必要があると認めるとき(①の場合を除く)。

1030条(配偶者居住権の存続期間)
配偶者居住権の存続期間は、配偶者の終身の間とする。ただし、遺産の分割の協議若しくは遺言に別段の定めがあるとき、又は家庭裁判所が遺産の分割の審判において別段の定めをしたときは、その定めるところによる。

1031条(配偶者居住権の登記等)
1 居住建物の所有権は、配偶者(配偶者居住権を取得した配偶者に限る)に対し、配偶者居住権の登記を備えさせる義務を負う。
2 第605条の規定は配偶者居住権について、第605条の4の規定は配偶者居住権の設定の登記を備えた場合について準用する。

1032条(配偶者による使用及び収益)
1 配偶者は、従前の用法に従い、善良な管理者の注意をもって、居住建物の使用及び収益をしなければならない。ただし、従前居住の用に供していなかった部分について、これを居住の用に供することを妨げない。
2 配偶者居住権は、譲渡することができない。
3 配偶者は、居住建物の所有者の承諾を得なければ、居住建物の改築若しくは増築をし、又は第三者に居住建物の使用若しくは収益をさせることができない。
4 配偶者が第1項又は前項の規定に違反した場合において、居住建物の所有者が相当の期間を定めてその是正の催告をし、その期間内に是正がなされないときは、居住建物の所有者は、当該配偶者に対する意思表示によって、配偶者居住権を消滅させることができる。

1033条(居住建物の修繕等)
1 配偶者は、居住建物の使用及び収益に必要な修繕をすることができる。
2 居住建物の修繕が必要である場合において、配偶者が相当の期間内に必要な修繕をしないときは、居住建物の所有者は、その修繕をすることができる。
3 居住建物が修繕を要するとき(第1項の規定により配偶者が自らその修繕をするときを除く。)、又は居住建物について権利を主張する者があるときは、配偶者は、居住建物の所有者に対し、遅滞なくその旨を通知しなければならない。ただし、居住建物の所有者が既にこれを知っているときは、この限りでない。

1034条(居住建物の費用の負担)
1 配偶者は、居住建物の通常の必要費を負担する。
2 第583条第2項の規定は、前項の通常の必要費以外の費用について準用する。

1035条(居住建物の返還等)
1 配偶者は、配偶者居住権が消滅したときは、居住建物の返還をしなければならない。ただし、配偶者が居住建物について共有持分を有する場合は、居住建物の所有者は、配偶者居住権が消滅したことを理由としては、居住建物の返還を求めることができない。
2 第599条第1項及び第2項並びに第621条の規定は、前項本文の規定により配偶者が相続の開始後に附属させたものがある居住建物又は相続の開始後に生じた損傷がある居住建物の返還をする場合について準用する。

1036条(使用貸借及び賃貸借の規定の準用)
第597条第1項及び第3項、第600条、第613条並びに第616条の2の規定は、配偶者居住権について準用する。



もともと1028条以下は遺留分に関する規定がありましたが、これらの規定も手を入れられることとなったため1041条以下に繰り下がっています。




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2019年1月18日金曜日

自筆証書遺言の方式緩和

2018年7月相続法改正に関する記事です。

2018年7月相続法改正について

改正法の中でも一足はやく、2019年1月14日に、自筆証書遺言の方式緩和に関する規定が施行されました。


(改正前)
民法968条
1 自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。
2 自筆証書中の加除その他の変更は、遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければ、その効力を生じない。

(改正後)
民法968条
1 自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。
2 前項の規定にかかわらず、自筆証書にこれと一体のものとして相続財産(第997条第1項に規定する場合における同項に規定する権利を含む。)の全部又は一部の目録を添付する場合には、その目録については、自書することを要しない。この場合において、遺言者は、その目録の毎葉(自書によらない記載がその両面にある場合にあっては、その両面)に署名し、印を押さなければならない。
3 自筆証書(前項の目録を含む。)の中の加除その他の変更は、遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつその変更の場所に印を押さなければ、その効力を生じない。


自筆証書は、全てを自筆し、署名押印しなければならないのが原則でした。
この原則自体は変わりませんが、これが緩和され、自筆ではない相続財産目録をつけることが可能になりました。

自筆でない目録、ということはパソコンで作った目録を自筆証書遺言に添付することができるということになります。
(第三者による手書きの目録でも構いません。)


特にいろいろな種類の財産がある場合には、全てを手書きするのは大変ですし、後から見る人にとっても解読に労力を使わせる可能性があります。
事細かに相続先を決めておきたい場合はもちろんのこと、そうでなくても、相続人らが相続財産を見落としてしまうことを避けるためにも、遺産の目録を作っておくことは意味があるでしょう。


作った目録については、1ページごとに署名押印しなければならないという決まりがありますので、注意を要します。
この署名押印が欠けると、有効な遺言では無くなってしまいますので気をつけましょう。


読解に苦しむような遺言は、それが遺言なのかどうか、という所から争いになることがあります。
後から見る人にとってわかりやすい遺言を作成することも、重要なポイントです。
遺産目録をパソコンで作ることが出来るようになったことは、大きな進歩だと言えるでしょう。
もちろん、公正証書遺言の方法にした方がさらに確実かも知れませんが、さまざまな事情で自筆証書遺言にしておきたい、という場合もあります。


自筆証書遺言の場合であっても、後から解釈に争いが生じないように、遺言の内容について専門家からのチェックを受けることは重要です。


さて、この新法は、2019年1月14日から施行されると書きました。

対象となるのは、2019年1月14日以降に発生した相続、ということになります。
したがって、これ以前に亡くなった人の相続に際して、故人が自筆でない目録つきの遺言を残していたとしても、その遺言は有効にはなりません。

それでは、2019年1月14日より前に、自筆でない目録つきの遺言を残していた人が、同日以後に亡くなった場合はどうでしょうか。
法律は2018年7月に成立し公布されているのですから、そういった人がいるかも知れませんね。
しかし、もし早まって作ってしまった人がいれば、作り直してください。
残念ながら、このタイプの遺言が有効と判断されるのは、2019年1月14日以降に作成された場合だけですのでご注意ください。
(民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律 附則6条)




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