2018年11月30日金曜日

建物老朽化に伴う明渡しの請求

建物を他人に貸しているが、その建物が老朽化している、という場合がよくあります。

老朽化して一部使えなくなったような建物では、賃借人に対して建物の使用収益をさせるという目的を果たせない可能性が高くなり、賃料減額の原因にもなります。
また、建物の老朽化の影響で、第三者に損害を及ぼした場合、所有者である賃貸人が責任を負う可能性が高くなります。
老朽化した建物を放置することは、賃貸人にとってリスクの大きいことと言えます。

建物に賃借人がいなければ、建物を取り壊して新たな建物を建てたり別の用途で土地を利用したり、ということが考えられます。
また、老朽化した建物が建った状態でも、土地に価値があれば、土地と建物をセットで売却できる可能性も高いでしょう。(買った側で建物を取り壊す費用を負担することを考慮した売値になるでしょうが。)
理論的には賃借人がいる状態であっても、建物ごと土地を売却することはできますが、そのような物件にはまず買い手はつかないでしょう。

借りている人(賃借人)からは修繕の要求も来ているが修繕には多額の費用がかかりそうだ、というような場合、建物を貸している側(賃貸人)から見れば、賃借人に建物を出て行って貰うことを考えると思います。

ところが、建物が老朽化しているからといって、簡単に賃貸借契約の解除が認められるわけではありません。
判例では、賃貸借の目的物が全部滅失するなどにより賃借物の目的物の全部の使用収益をすることができなくなった場合、賃貸借契約の目的を達することができないことから、賃貸借契約は当然に終了する、とされています。
改正民法では、これが条文として取り入れられます(改正後民法616条の2)。
修繕に多額の費用がかかる場合には、滅失と同等と認められる可能性はありますが、確実とは言いがたいでしょう。

では、賃借人に出て行って貰う方法はないのでしょうか。

このような場合には、期間の定めのある契約であれば期間満了6か月以上前までに更新しない旨の通知(借地借家法26条1項)を、期間の定めのない契約(期間の定めのある契約が更新された後の契約であっても同じ)であれば6か月後に終了する旨の通知(借地借家法27条1項)を、賃借人に行うことで、契約を終了させることができる可能性があります。

ただし、これらの通知により契約終了の効果が認められるためには、正当の事由が存在することが必要とされています。
借地借家法28条は、正当の事由の例示として、「建物の賃貸人及び賃借人(転借人を含む。以下この条において同じ。)が建物の使用を必要とする事情のほか、建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況並びに建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出」としています。

例えば、修繕に多額の費用がかかるといった事情は、建物の現況に該当するでしょう。
もっとも多額に費用がかかることだけではなく、そこに至った事情、例えばこれだけ費用がかかる状態に毀損してしまったのはどうしてか、といった事情なども総合的に考慮することになりますので、やはり財産上の給付の申出(いわゆる立ち退き料)などがどの程度なされているか、などといった事情が大きな重みを持つことになります。

このように、最終的には正当事由の存否が問題となることが多く、また、それは賃貸人と賃借人の交渉の場面でもありますが多分に法律問題を含んでいるため、下手に交渉を進めていることが結果的に非常な不利益につながる可能性も否定できません。
また交渉が決裂した場合には、裁判手続が必要になってくるでしょう。
簡単なことではありませんので、弁護士を代理人に立てた上での交渉をお勧めします。



《参照条文》
民法606条
1 賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。

賃料の減額について
●民法611条
1 賃借物の一部が賃借人の過失によらないで滅失したときは、賃借人は、その滅失した部分の割合に応じて、賃料の減額を請求することができる。
2 前項の場合において、残存する部分のみでは賃借人が賃借をした目的を達することができないときは、賃借人は、契約の解除をすることができる。
なお、
●借地借家法32条
1 建物の借賃が、土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったときは、契約の条件にかかわらず、当事者は、将来に向かって建物の借賃の額の増減を請求することができる。ただし、一定の期間建物の借賃を増額しない旨の特約がある場合には、その定めに従う。
3 建物の借賃の減額について当事者間に協議が調わないときは、その請求を受けた者は、減額を正当とする裁判が確定するまでは、相当と認める額の建物の借賃の支払を請求することができる。ただし、その裁判が確定した場合において、既に支払を受けた額が正当とされた建物の借賃の額を超えるときは、その超過額に年一割の割合による受領の時からの利息を付してこれを返還しなければならない。


賃貸借契約の解約について
●民法617条
1 当事者が賃貸借の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合においては、次の各号に掲げる賃貸借は、解約の申入れの日からそれぞれ当該各号に定める期間を経過することによって終了する。
②建物の賃貸借 3箇月
●民法618条
事者が賃貸借の期間を定めた場合であっても、その一方又は双方がその期間内に解約をする権利を留保したときは、前条の規定を準用する。

借地借家法による修正
26条
1 建物の賃貸借について期間の定めがある場合において、当事者が期間の満了の一年前から六月前までの間に相手方に対して更新をしない旨の通知又は条件を変更しなければ更新をしない旨の通知をしなかったときは、従前の契約と同一の条件で契約を更新したものとみなす。ただし、その期間は、定めがないものとする。
27条
1 建物の賃貸人が賃貸借の解約の申入れをした場合においては、建物の賃貸借は、解約の申入れの日から六月を経過することによって終了する。
28条
建物の賃貸人による第26条第1項の通知又は建物の賃貸借の解約の申入れは、建物の賃貸人及び賃借人(転借人を含む。以下この条において同じ。)が建物の使用を必要とする事情のほか、建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況並びに建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して、正当の事由があると認められる場合でなければ、することができない。


土地を人にかして、その人が建物を建てて住んでいるという場合にも、建物の老朽化は問題となることがありますが、それはまた別の機会に。




摂津市、吹田市、茨木市、高槻市、島本町で、不動産に関するご相談は、 大阪北摂法律事務所まで。 もちろん他の地域からのご相談も受け付けています。 お気軽にどうぞ。

2018年11月6日火曜日

借地権譲渡と地主の承諾

家を建てる際には、もちろん土地を買ってその上に建物を建てるという方法もありますが、地主から土地を借り、その上に家を建てるということもあります。
地主に対して主張できる、その土地を使用する権限を借地権と言います。
なお、親子関係などに多い無償の使用貸借もありますが、ここでは省略します。

借地権には地上権と賃借権の2種類があります。
地上権は「物権」の一つであり、非常に強力な権利ですが、多くの借地権は賃借権でしょう。
ここでは賃借権としての借地権について書くことにします。

賃借権自体も登記することはできますが、登記には地主の協力が必要です。
通常は、土地上の建物に借地人名義の登記を備えることで、第三者への対抗手段となります。

第三者への対抗要件を備えたということは、たとえば、地主が売買などによりかわった場合であっても、新しい地主に賃借権を主張できるということです。
これにより、新しい地主から、この土地は自分のものになったから出ていけ、とは言われないことになります。

さて、第三者への対抗力のある土地賃借権とはいえ、地主本人は契約の当事者ですから、建物を第三者へ売ったからといって、自動的に賃借権も第三者に移る、というわけではありません。
これは、賃借権自体を登記したときでも同じです。

賃借権の譲渡・転貸にあたっては、地主の承諾が必要とされています(民法612条)。
地主の立場では、土地の借り主が誰であるかは重要ですので、勝手に処分されては困りますね。

地主の承諾が得られない場合、地主の承諾に代わる許可を裁判所から受ける制度があります(借地借家法19条1項)。
条件として、「第三者が賃借権を取得し、又は転借をしても借地権設定者に不利となるおそれがないにもかかわらず、借地権設定者がその賃借権の譲渡又は転貸を承諾しないとき」とされています。
また、地主の権利を不当に侵害しないように、許可に当たっては「当事者間の利益の衡平を図るため必要があるときは、賃借権の譲渡若しくは転貸を条件とする借地条件の変更を命じ、又はその許可を財産上の給付に係らしめることができる。」とされています。
さらに、地主側では、どうしても賃借人の交代を認めたくないときには、対抗的に建物を買い取ることも可能です(同3項)。


ややこしいのは、相続に伴う賃借権の移転に際して、地主の承諾が必要かどうか、という点です。

一般的には相続による包括承継の場合には、地主の承諾は不要です。
特に契約書を書き換えたりする必要もありません。

法定相続分にしたがって相続した場合はもちろん、法定相続人間での遺産分割により相続することになった場合も、賃借権を引き継ぐのに地主の承諾は不要です。
また、死因贈与や遺贈で建物(と土地賃借権)を引き継ぐことになった人が法定相続人であれば、地主の承諾は不要とされています。
この場合、地主としては、家の持ち主が代わってしまっても、それは受け入れざるを得ません。

一方、相続手続においても地主の承諾が必要な場合もあります。
死因贈与や遺贈によって財産を得る人が相続人以外であれば、地主の承諾が必要になってきます。


摂津市,吹田市,茨木市,高槻市,島本町で,不動産に関するご相談は, 大阪北摂法律事務所まで。 もちろん他の地域からのご相談も受け付けています。 お気軽にどうぞ。

2018年9月7日金曜日

天災による被害と損害賠償責任

関西では台風21号が大荒れでした。

幸いにも当事務所は人的物的被害はありませんでしたが,被害に遭われた方にはお見舞い申し上げます。
大阪北部地震やこの台風,関西を離れると,西日本豪雨に北海道胆振東部地震と,国内での天変地異の続いている今日この頃です。

これらの天変地異によって生じた損害についての以下のような相談が増えています。

自宅の屋根から瓦が落ちて他人の自動車に傷をつけてしまった

土地の上に人工的に設置された物である建物からの損害は,民法717条に定められた「土地の工作物等の占有者及び所有者の責任」という問題になります。

1 土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときは、その工作物の占有者は、被害者に対してその損害を賠償する責任を負う。ただし、占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは、所有者がその損害を賠償しなければならない。
2 前項の規定は、竹木の栽植又は支持に瑕疵がある場合について準用する。
3 前2項の場合において、損害の原因について他にその責任を負う者があるときは、占有者又は所有者は、その者に対して求償権を行使することができる。

717条は,一般不法行為(709条)の特則と考えられ,故意・過失の要件が変更されています。
民法717条は,一次的に土地の工作物の「占有者」に責任を認め,占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときには,二次的に「所有者」がその損害を賠償する義務があることを定めています。

もっとも,その要件として「土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって」という内容になっているため,瑕疵と損害との相当因果関係が必要となります。

上の事例では,瓦が落ちたことが「瑕疵」によるかどうかが問題となりますね。
今回のような超大型台風によって屋根瓦が落ちたからといって,家屋に瑕疵があったと言うことは難しいでしょう。

結局,損害を受けた側は,占有者または所有者に対して損害の賠償を請求することができないことがほとんどです。

老朽化していて見るからに危ない家だった,というような場合には,損害賠償の責任が発生する可能性はあります。
もっとも,これも瑕疵と損害に因果関係があるのか,という問題になります。
今回のように瑕疵の無いと思われる工作物からの損害が多数生じているような天災の場合は,結局瑕疵と損害には因果関係なし(瑕疵がなくても損害は生じていた)ということになりそうです。
一方,まわりはどこも壊れていないのに,その家の瓦や壁だけ崩落した,という場合は因果関係が認められやすそうですね。
天災のような不可抗力の関係する損害を,他人に責任追及することは,それほど簡単ではありません。
もっとも,台風だから諦めるべき,というわけではなく,個別の事例ごとに判断していくことになりますので,一度は相談してみてください。


だれからも賠償を受けられない。
このような場合には損害保険の活用が考えられます。
(瓦が落ちた屋根の補修にせよ,瓦が直撃した自動車の修理にせよ。)
しかし,台風などの風災による損害が,保険でカバーされるかどうかは,保険契約の内容によります。
地震による損害は,一般的な火災保険では保険金が下りない,というのは割合有名かと思いますが,多くの火災保険では風災も保険対象外としているようです。
何が起こるか分からない天変地異,この際保険契約を見直すことも必要かも知れません。


なお,天災による損害については,自治体からの助成金などが支給される場合もありますので,市町村からの情報には注意しておいた方がよいでしょう。


摂津市,吹田市,茨木市,高槻市,島本町で,損害賠償に関するご相談は, 大阪北摂法律事務所まで。 もちろん他の地域からのご相談も受け付けています。 お気軽にどうぞ。

2018年7月4日水曜日

平成30年6月1日 最高裁判決 その2

平成30年6月1日に,労使問題に関する重要な2件の最高裁判決が出ました。

いずれも,正規労働者と非正規労働者の待遇の差が認められるかどうか,という労働者側にとっても使用者側にとっても,重要な問題に関する判断です。

① 平成28年(受)第2099号 未払賃金等支払請求事件
  判決へのリンク

② 平成29年(受)第442号 地位確認等請求事件
  判決へのリンク

この記事では,2件目の判決を紹介します。

今回の判決は,以下のような内容の判断となっています。

① 有期契約労働者が定年退職後に再雇用された者であることは,労働契約法20条にいう「その他の事情」として考慮されることとなる事情に当たる
② 有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かについての判断の方法
③ 無期契約労働者に対して能率給及び職務給を支給する一方で有期契約労働者に対して能率給及び職務給を支給せずに歩合給を支給するという労働条件の相違が,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらないとされた事例

① について

労働契約法20条については,前回の記事に記載しました。

(有期契約の社員と無期契約の社員の)労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。

本件は,正社員と定年退職後再雇用された嘱託社員の待遇の差が問題となった事例です。
行う仕事の内容は一緒ですが,賃金に関して言えば,賞与が無いなどの事情で,定年前の賃金の8割程度になるものでした。

再雇用による嘱託社員が,同じ仕事をする正社員と同等の賃金をもらえないのは,果たして合理的といえるのでしょうか。
最高裁は次の通り判示しています。

 定年制は,使用者が,その雇用する労働者の長期雇用や年功的処遇を前提としながら,人事の刷新等により組織運営の適正化を図るとともに,賃金コストを一定限度に抑制するための制度ということができるところ,定年制の下における無期契約労働者の賃金体系は,当該労働者を定年退職するまで長期間雇用することを前提に定められたものであることが少なくないと解される。これに対し,使用者が定年退職者を有期労働契約により再雇用する場合,当該者を長期間雇用することは通常予定されていない。また,定年退職後に再雇用される有期契約労働者は,定年退職するまでの間,無期契約労働者として賃金の支給を受けてきた者であり,一定の要件を満たせば老齢厚生年金の支給を受けることも予定されている。そして,このような事情は,定年退職後に再雇用される有期契約労働者の賃金体系の在り方を検討するに当たって,その基礎になるものであるということができる。
 そうすると,有期契約労働者が定年退職後に再雇用された者であることは,当該有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かの判断において,労働契約法20条にいう「その他の事情」として考慮されることとなる事情に当たると解するのが相当である。

定年後再雇用された期間が限定された嘱託社員であるという事情は,労働契約法20条にいう「その他の事情」のひとつとして,労働条件の相違に合理的な理由があるかという判断に用いられることになります。

② について

本件において,労働者が待遇の差として問題視したのは,賃金の多数項目にわたります。

最高裁は,各賃金項目の趣旨を個別に考慮すべしとしています。

有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっては,両者の賃金の総額を比較することのみによるのではなく,当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきものと解するのが相当である。

③ について

そのうえで,正社員に対しては基本賃金のほか能率給及び職務給を支給するのに対し,嘱託社員には基本賃金と歩合給を支給するというという本件事案においては,「職種に応じて額が定められる職務給を支給しない代わりに,基本賃金の額を定年退職時の基本給の水準以上とすることによって収入の安定に配慮するとともに,歩合給に係る係数を能率給よりも高く設定することによって労務の成果が賃金に反映されやすくなるように工夫している」ということから,単に能力給及び職務給が支給されないという点だけでなく,代わりに歩合給が支給されているという事情を併せて,不合理な相違があるかどうかを判断すべきであるとしました。

本件では
・ 基本給+能率給+職務給の場合と,基本給+歩合給の場合を比べた時の差
・ 嘱託社員は一定の要件を満たせば老齢厚生年金を受け取ることができるうえ,老齢厚生年金の報酬比例部分の支給が開始されるまでの間,2万円の調整給が支給されること
といった事情から,不合理な相違には該当しない,と判断しています。

このほか
精勤手当が嘱託社員に支給されないことについては,不合理な相違である。
住宅手当・家族手当が嘱託社員に支給されないことについては,不合理な相違ではない。
役付手当が嘱託社員に支給されないことについては,不合理な相違ではない。
超勤手当が嘱託社員に支給されないことについては,不合理な相違である。
賞与が嘱託社員に支給されないことについては,不合理な相違ではない。
との判断になっています。
(各手当の性質と,判断の理由について興味がある場合は,判決を見て下さい。)

なお,不合理な相違があっても,正社員と同一条件になるわけではない,というのは同日①の判決と同様です。


摂津市,吹田市,茨木市,高槻市,島本町で,労使問題に関するご相談は, 大阪北摂法律事務所まで。 もちろん他の地域からのご相談も受け付けています。 お気軽にどうぞ。

2018年6月4日月曜日

平成30年6月1日 最高裁判決 その1

平成30年6月1日に,労使問題に関する重要な2件の最高裁判決が出ました。

いずれも,正規労働者と非正規労働者の待遇の差が認められるかどうか,という労働者側にとっても使用者側にとっても,重要な問題に関する判断です。


① 平成28年(受)第2099号 未払賃金等支払請求事件
  判決へのリンク

② 平成29年(受)第442号 地位確認等請求事件
  判決へのリンク



この記事では,1件目の判決を紹介します。

労働契約法第20条は次のような規定になっています。
有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない
すなわち「有期契約労働者と無期契約労働者との契約条件の相違は,不合理と認められるものであってはならない」と規定されていることから,有期契約労働の労働条件のうち,不合理と判断される労働条件の違いは無効となると考えられます。


それでは,不合理な相違がある場合には,有期労働契約者の労働条件は,無期労働契約の条件にそろえられることになるのでしょうか。


この点について,最高裁は,
「有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が同条に違反する場合であっても,同条の効力により当該有期契約労働者の労働条件が比較の対象である無期契約労働者の労働条件と同一のものとなるものではないと解するのが相当である。」
と判示しました。

この判例の事件は,契約社員(有期雇用)と正社員(無期雇用)で,それぞれ異なる就業規則が適用されることで,差が生じているというものでした。
仮に,これが不合理な差が生じていると認められる場合でも,契約社員に正社員と同じ就業規則を適用すべき,ということにはならない,ということです。
不合理な差が生じていても,正社員の労働条件を根拠として差額賃金を請求するという訴えは認められないということです。



それでは,不法行為に基づく損害賠償請求はどうでしょうか。

この判断に際し,最高裁は,「期間の定めがあることにより」とは,
「有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が期間の定めの有無に関連して生じたものであることをいうものと解するのが相当である。」
「不合理と認められるもの」とは,
「有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理であると評価することができるものであることをいうと解するのが相当である。」
と判示しました。


この判例の事例は,バス乗務員である正社員には皆勤手当を支給するのに,契約社員は皆勤しても皆勤手当がないものでした。
最高裁は,これを不合理な契約条件の相違であると判断し,高裁判決を一部破棄しました。
事件は,高等裁判所に差し戻されて,不合理な契約条件の相違により契約社員がこうむった損害について,審理のやり直しがされることになります。


最近,同一労働同一賃金の原則が言われています。
これに関して最高裁が判断を示した一つの例と言うことができます。

なお,同一労働同一賃金については,たとえば男女による差別的取扱の禁止(労働基準法4条),国籍・信条又は社会的身分を理由とした差別的取扱の禁止(同3条)などが定められていますが,非正規労働者に対する差別的取扱の禁止は,せいぜい努力義務程度で,はっきり禁止されてはいません。


摂津市,吹田市,茨木市,高槻市,島本町で,労使関係に関するご相談は, 大阪北摂法律事務所まで。 もちろん他の地域からのご相談も受け付けています。 お気軽にどうぞ。

2018年5月8日火曜日

氏の変更許可申立

家庭裁判所での手続に,氏または名の変更許可を得るというものがあります。

氏または名は,戸籍で管理されている情報ですが,これらを変更するためには,家庭裁判所に変更許可の審判を求めて申立を行わなければなりません。

根拠となるのは戸籍法107条(氏)および同107条の2(名)です。
どちらも家庭裁判所の許可が必要とされています。

戸籍法107条
1 やむを得ない事由によつて氏を変更しようとするときは、戸籍の筆頭に記載した者及びその配偶者は、家庭裁判所の許可を得て、その旨を届け出なければならない。
2 外国人と婚姻をした者がその氏を配偶者の称している氏に変更しようとするときは、その者は、その婚姻の日から六箇月以内に限り、家庭裁判所の許可を得ないで、その旨を届け出ることができる。
3 前項の規定によつて氏を変更した者が離婚、婚姻の取消し又は配偶者の死亡の日以後にその氏を変更の際に称していた氏に変更しようとするときは、その者は、その日から三箇月以内に限り、家庭裁判所の許可を得ないで、その旨を届け出ることができる。
4 第一項の規定は、父又は母が外国人である者(戸籍の筆頭に記載した者又はその配偶者を除く。)でその氏をその父又は母の称している氏に変更しようとするものに準用する。

戸籍法107条の2
正当な事由によつて名を変更しようとする者は、家庭裁判所の許可を得て、その旨を届け出なければならない。


許可を得るひつような実質的要件として,次のように定められていますね。
氏  やむを得ない事由によって
名  正当な事由によって

変更にはそれ相応の理由が必要であり,自分の好き勝手に氏または名を変更しようと思っても,許可されない,ということになります。
やむを得ない事由と正当な事由の差はと言うと,氏を変更することの方が名を変更することよりも厳しいとされています。

裁判所のウェブサイトでの説明です
氏の変更に必要な「やむを得ない事由」・・・氏の変更をしないとその人の社会生活において著しい支障を来す場合をいうとされています。
名の変更に必要な「正当な事由」・・・名の変更をしないとその人の社会生活において支障を来す場合をいいます

名の変更の場合は,たとえば
・ 過去の虐待の経験を思い起こさせる戸籍名の使用は耐えがたい
・ 同姓同名の犯罪者がいる
・ 婚姻や養子縁組で同姓同名になってしまう
・ いじめをうけるような珍奇な名前である
・ いわゆるキラキラネームを改めたい
とかいうような深刻な事情はもちろんのこと,
・ 出家する
・ 難読である
・ 異性とまぎらわしい
・ 本来使用したかった文字が人名用漢字に加えられた
というような(社会生活において支障を来すかどうかは疑問な)場合にも認められることがあります。

一方で,氏の変更の場合には,やはり深刻な場合にのみ認められるようです。


なお,離婚の際には,配偶者の氏を名乗っていた当事者は,当然に婚姻前の氏にもどることになります(離婚による復氏)。
婚姻時の氏を離婚後も継続的に名乗る場合には,届出をする必要がありますが,これには家庭裁判所の許可は必要ありません(婚氏続称)。

これとは別に離婚時にもう一つ出てくるのが「子の氏の変更許可審判」であり,こちらは家庭裁判所での審判手続が必要になります。
離婚による復氏をした人が,未成年の子を自分の戸籍に入れるには,子も同じ氏に変更しなければならないので,この手続が必要になるのです。
子が15歳未満のときは,親権者が子の法定代理人として申し立てます。
子が15歳以上のときは,子本人が申立を行います。
(離婚しても婚氏続称する場合には,未成年の子を自分の戸籍に入れる手続だけで足りるので,家庭裁判所の許可は必要ありません。)



摂津市,吹田市,茨木市,高槻市,島本町で,氏・名の変更に関するご相談は, 大阪北摂法律事務所まで。 もちろん他の地域からのご相談も受け付けています。 お気軽にどうぞ。

2018年3月13日火曜日

使用貸借の終了原因

使用貸借とは,ただでものを貸すことです。
ものには,不動産(土地・建物)も含まれます。

ただでものを貸すということは,特に親族関係などで一般的に行われています。
たとえば,親子の関係だからということで,親が自分名義のマンションに子を家賃無料で一人暮らしさせている,などということは,それほど珍しいことではありません。
また,このような場合には,使用貸借について契約書が交わされていることも,それほど多くはありません。

このように,使用貸借契約が存在することが明らかであっても,具体的な契約内容(いつまで?何の目的で?)といった内容が明らかでない場合も多いため,使用貸借はどのような場合に終了させることが出来るのかは,しばしば問題になります。

法律はどう定めているのでしょうか。

民法第597条
1 借主は、契約に定めた時期に、借用物の返還をしなければならない。
2 当事者が返還の時期を定めなかったときは、借主は、契約に定めた目的に従い使用及び収益を終わった時に、返還をしなければならない。ただし、その使用及び収益を終わる前であっても、使用及び収益をするのに足りる期間を経過したときは、貸主は、直ちに返還を請求することができる。
3 当事者が返還の時期並びに使用及び収益の目的を定めなかったときは、貸主は、いつでも返還を請求することができる。

期間の定めがある場合には,その期限で使用貸借契約は終了です。
期限の定めがなく,使用・収益の目的が定められている場合には,その目的に従って使用及び収益を終わった時で契約終了となります。
ただし,借り主が目的に従った使用収益をいつまでたっても終わらない場合に,契約がいつまでも終わらないのは不都合であるため,使用及び収益をするのに足りる期間を経過したときには,貸し主が返還請求をすることで,契約終了とすることが出来ます。
期間も使用・収益の目的も定められていない場合には,貸し主が,いつでも返還請求をすることで,契約終了とすることが出来ます。

もっとも,明確に契約書が交わされることが少ない使用貸借だけに,「使用・収益の目的が定められているかどうか」「定められている場合には使用及び収益をするのに足りる時間を経過したといえるか」という問題が,常につきまといます。

先ほどの親が子に自分の所有するマンションに住まわせた目的は,子がそのマンションの大学に通うためだったという場合も考えられます。
また,土地を貸した理由は,借り主が土地の上に家を建てて住むためだったという場合もあります。
これらの契約で,契約書が作られていなかったからといって,目的が定められていない,ということにはなりません。

それでは,使用及び収益をするのに足りる時間を経過したと言えるのは,どんなタイミングでしょうか。
これは,個別具体的な事情により,さまざまな判断がなされています。
「大学に通うために」という目的はわかりやすいですが,「家を建てて住むために」という目的の場合には,使用収益に足りる期間といっても,わかりにくいですね。
そのため,裁判官によって判断にかなりのブレがある部分です。

不動産の賃貸借と違って,使用貸借は無償であることから,借り主は特別な保護を与えられません。

※なお,民法の改正に伴い,次のように条文は変わります。
(1) 当事者が使用貸借の期間を定めたときは,使用貸借は,その期間が満了した時に終了する。
(2) 当事者が使用貸借の期間を定めなかった場合■において,使用及び収益の目的を定めたときは,使用貸借は,借主がその目的に従い使用及び収益を終えることによって終了する。
(3)使用貸借は,借主の死亡によって終了する。 

従前の2項但し書きや,3項に当たる規定は,別の条文となります。
以下の(1)は新設条項ですね。
自然に終了する場合以外の終了は,「解除」によることとされました。
(1) 貸主は,借主が借用物を受け取るまで,契約を解除することができる。ただし,書面による使用貸借については,この限りでない。
(2)貸主は,■に規定する場合において,■の目的に従い借主が使用及び収益をするのに足りる期間を経過したときは,契約の解除をすることができる。
(3)当事者が使用貸借の期間並びに使用及び収益の目的を定めなかったときは,貸主は,いつでも契約の解除をすることができる。
(4) 借主は,いつでも契約の解除をすることができる。


摂津市,吹田市,茨木市,高槻市,島本町で,不動産に関するご相談は, 大阪北摂法律事務所まで。 もちろん他の地域からのご相談も受け付けています。 お気軽にどうぞ。

2018年3月6日火曜日

共同不法行為者に対する請求と時効中断

複数の行為者により被害者に損害を与えた場合には,加害者には共同不法行為が成立します。

被害者が損害賠償を得るためには,加害者へ請求しなければなりません。
損害賠償債権にも消滅時効があるため,放っておくと時効を援用されて,賠償を受けることが出来なくなってしまうのです。

それでは,共同不法行為者の一人に対して行った請求は,他の共同不法行為者に対しても,時効中断の効力を生じるでしょうか。

(事例)
Xは,YとZの行為により損害を受けた。
Xは,時効期間が経過する前に,Yに対して損害賠償請求(催告)を行った。
その後時効期間が経過した。
いまだ賠償を受けられないXは,催告から6か月以内に,YとZを相手として損害賠償請求訴訟を提起した。

催告をしておくと,時効期間が過ぎた後も,催告から6か月以内に提訴すれば,時効中断が認められます。

この事例では,Yに対しては時効中断の効力が認められることは間違いないですね。
一方で,Zに対してはどうでしょうか。
共同不法行為者間で請求の絶対効が認められるのか,という問題になります。

結論
残念ながら,この場合には,絶対効は認められない,ということになります。
Xとしては,Yだけでなく,Zに対しても損害賠償の催告を行っておくべきでした。

これは,一般的な連帯債務者間において,請求の絶対効が認められるのとは対照的です。
※ただし,連帯債務者間における請求の絶対効については,民法改正により削除されることが決まっています。


摂津市,吹田市,茨木市,高槻市,島本町で,損害賠償請求に関するご相談は, 大阪北摂法律事務所まで。 もちろん他の地域からのご相談も受け付けています。 お気軽にどうぞ。