2020年10月15日木曜日

有期契約社員に対する退職金の不支給について不合理ではないと判断した最高裁判決

2020年10月13日に、労働契約に関して、重要な2つの最高裁判決が出されました。

1つは、「無期契約労働者に対して退職金を支給する一方で有期契約労働者に対してこれを支給しないという労働条件の相違が労働契約法(平成30年法律第71号による改正前のもの)20条にいう不合理と認められるものに当たらないとされた事例」であり、

もう1つは、「 無期契約労働者に対して賞与を支給する一方で有期契約労働者に対してこれを支給しないという労働条件の相違が労働契約法(平成30年法律第71号による改正前のもの)20条にいう不合理と認められるものに当たらないとされた事例」です。


今回は、1つめを見ていきましょう。

○ 事例

使用者(メトロコマース:東京メトロの子会社)と有期労働契約を締結して東京メトロの駅構内の売店における販売業務に従事していた契約社員らが、同じ業務に従事している正社員(無期契約労働者)との間で、退職金を支給しない等の相違があったことは労働契約法20条(平成30年法律第71号による改正前のもの。以下同じ。)に違反するものであったなどと主張して、使用者に対し、不法行為等に基づき、退職金に相当する額等の損害賠償等を求めた事案。

○ 条文
平成30年法律第71号による改正前の労働契約法20条
有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、当該業務の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない

法改正(いわゆる働き方改革)の一環として、この条文は廃止され、現在は、短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律(パートタイム労働法)8条・9条に定めが写っています。

パートタイム労働法第8条(不合理な待遇の禁止)
事業主は、その雇用する短時間・有期雇用労働者の基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、当該待遇に対応する通常の労働者の待遇との間において、当該短時間・有期雇用労働者及び通常の労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して、不合理と認められる相違を設けてはならない。

同第9条(通常の労働者と同視すべき短時間・有期雇用労働者に対する差別的取扱いの禁止)
事業主は、職務の内容が通常の労働者と同一の短時間・有期雇用労働者であって、当該事業所における慣行その他の事情からみて、当該事業主との雇用関係が終了するまでの全期間において、その職務の内容及び配置が当該通常の労働者の職務の内容及び配置の変更の範囲と同一の範囲で変更されることが見込まれるものについては、短時間・有期雇用労働者であることを理由として、基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、差別的取扱いをしてはならない。

これらは、「同一労働同一賃金の導入」と言われている部分であり、正規雇用労働者と非正規雇用労働者の労働条件について不合理な待遇の解消を目指すものであり、廃止された労働契約法20条自体、2013年4月1日に施行された比較的新しい条文です。

本件では、有期雇用契約社員は労働契約上退職金の支給を受けられないことになっていることが、無期契約社員が退職金を受け取れる労働契約になっていることに対して、不合理な相違であるかどうかが問題となりました。

○ 最高裁の結論

正社員に対して退職金を支給する一方で、契約社員にこれを支給しないという労働条件の相違は、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらない

○ 理由・解説

まず、この判断は、様々な要素を考慮して、本件に対する結論として出された事例判断ですので、契約社員に退職金は不要である、というのがあらゆる会社に当てはまるものでないことには注意すべきです。
しかし、重要な判断であることには違いありません。

最高裁の判断の枠組みは次のとおりです

① 労働契約法20条の判断基準

 同条は、有期契約労働者と無期契約労働者の労働条件の格差が問題となっていたこと等を踏まえ、有期契約労働者の公正な処遇を図るため、その労働条件につき、期間の定めがあることにより不合理なものとすることを禁止したものであり、両者の間の労働条件の相違が退職金の支給に係るものであったとしても、それが同条にいう不合理と認められるものに当たる場合はあり得る
 もっとも、その判断に当たっては、他の労働条件の相違と同様に、当該使用者における退職金の性質やこれを支給することとされた目的を踏まえて同条所定の諸事情を考慮することにより,当該労働条件の相違が不合理と評価することができるものであるか否かを検討すべきものである

② 本件事例での検討

 退職金の支給対象となる正社員は、本社の各部署等に配置され、業務の必要により配置転換等を命ぜられることもあり、また、退職金の算定基礎となる本給は、年齢によって定められる部分と職能給の性質を有する部分から成るものとされていた。
 このような同社における退職金の支給要件や支給内容等に照らせば、上記退職金は、上記の職務遂行能力や責任の程度等を踏まえた労務の対価の後払いや継続的な勤務等に対する功労報償等の複合的な性質を有するものであり、同社は、正社員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的から、様々な部署等で継続的に就労することが期待される正社員に対し退職金を支給することとしたものといえる。

 売店業務に従事する契約社員と正社員で見ても、業務の内容はおおむね共通するものの、正社員は、休暇や欠勤で不在の販売員に代わって早番や遅番の業務を行う代務業務を担当していたほか、複数の売店を統括し、売上向上のための指導、改善業務等の売店業務のサポートやトラブル処理、商品補充に関する業務等を行うエリアマネージャー業務に従事することがあったのに対し、契約社員は、売店業務に専従していたものであり、両者の職務の内容に一定の相違があった。
 また、正社員については、配置転換等を命ぜられる可能性があり、正当な理由なくこれを拒否することはできなかったのに対し、契約社員は、業務の場所の変更を命ぜられることはあっても業務の内容に変更はなく、配置転換等を命ぜられることはなかったものであり、両者の職務の内容及び配置の変更の範囲にも一定の相違があった。

 売店勤務の正社員は、その採用の経緯から、賃金水準を変更したり、他の部署に配置転換等をしたりすることが困難な事情があったことがうかがわれ、その意味で他の多くの正社員と職務の内容及び変更の範囲について違う部分はあった。
 一方で、会社は、契約社員から正社員へ段階的に職種を変更するための開かれた試験による登用制度を設け、相当数の契約社員を正社員に登用していた。

 これらの事情は、労働契約法20条における「その他の事情」として考慮すべきである。

 そうすると、正社員に対する退職金が有する複合的な性質やこれを支給する目的を踏まえて、売店業務に従事する正社員と契約社員Bの職務の内容等を考慮すれば,契約社員の有期労働契約が原則として更新するものとされ、定年が65歳と定められるなど、必ずしも短期雇用を前提としていたものとはいえず、契約社員らがいずれも10年前後の勤続期間を有していることをしんしゃくしても、両者の間に退職金の支給の有無に係る労働条件の相違があることは、不合理であるとまで評価することができるものとはいえない。
 

○ 評価

 今回の判断は、あくまでも事例判断であるため、前述のとおり、正社員には退職金があるのに契約社員にはない、という違いは全て合法、というわけではありません。
 なお、改正後のパートタイム労働法が適用される場合でも、同じ結論になったと思われます。
 
 本来の非正規社員というものを考えれば、当然とも言える判断であるとも言えるでしょう。
 しかし、人件費削減のために非正規雇用を増やし、非正規雇用労働者に正規雇用労働者と同等の仕事を任せ、責任を課すような働かせ方を行っている企業は多くあります。
 このような場合に、例えば配置転換等の可能性があったかとか、といった形式的な事情を並べて、待遇の相違は不合理ではないと考えることは、果たして妥当でしょうか。
 同一労働同一賃金という理想が骨抜きにされるのではないかという懸念から、多くの批判が寄せられています。


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