2014年4月4日金曜日

事業承継(3) 経営承継円滑化法 その2 遺留分に関する民法の特例

前回は,経営承継円滑化法の適用される中小企業の範囲について紹介しました。
前回の記事はこちら。

同法では,第2章で,民法の遺留分に関する特例を定めています。

その概要は以下の通りです。




(1)対象となる事業者

同法の適用対象である中小企業のうち,「一定期間以上継続して事業を行っているものとして,経済産業省令で定める要件に該当する会社」とされています(法3条1項)。

この「一定期間」は,施行規則で「3年」とされています(規則2条)。

したがって,3年以上継続して事業を行っている中小企業は,対象となり,「特例中小企業者」といいます。


(2)旧代表者から後継者への承継

同法では,「特例中小企業者の代表者又は代表者であった者であって,その推定相続人のうち少なくとも1人に対して当該特例中小企業者の株式等を贈与したもの」を「旧代表者」,「旧代表者の推定相続人のうち,当該旧代表者から贈与等により当該特例中小企業者の株式を取得した者であって,当該特例中小企業者の総株主又は総社員の議決権の過半数を有し,かつ,その代表者であるもの」を「後継者」と定義しています。

遺留分に関する特例は,旧代表者に関する相続が始まる前に,決めておかなければならない事項があります。
そして,予め決めておく際に,旧代表者は代表者の地位を後継者に移す必要はありませんが,会社の議決権の過半数を後継者に引き継いでおく必要はあります


(3)遺留分の算定に関する合意

以上のような要件を満たす場合,旧代表者の推定相続人全員で,遺留分に関する民法の特例となる,次のいずれかの合意をすることができます。

① 遺贈若しくは贈与により取得した当該特例中小企業者の株式等の全部又は一部について,その価額を遺留分を算定するための財産の価額に算入しないこと(除外合意)。

② 遺贈若しくは贈与により取得した当該特例中小企業者の株式等の全部又は一部について,遺留分を算定するための財産の価額に算入すべき価額を,合意の時における価額※にすること(固定合意)。

※専門家による相当な価額の証明が必要です。


(4)民法の原則との違い

民法上,何の対策もしていなければ,せっかく生前に旧代表者が後継者に対して引き継いだ財産について,旧代表者の相続が開始した際に,他の相続人から遺留分減殺請求がされてしまう可能性があります。
(相続人に対する生前贈与は,遺留分減殺請求の対象となります。)

遺留分は,旧代表者の生前に放棄することも可能です。
しかし,完全に遺留分を放棄してしまうということは,旧代表者が自分の全財産を後継者に承継するという遺言を書いた場合でも,遺留分を主張することができないという結果になってしまいますので,そこまで他の相続人に不利益な手続をさせることは出来ないでしょう。
(もちろん,後継者に全ての財産を譲るという遺言を書いた上で,他の推定相続人全員が納得して遺留分の放棄をしてくれるのであれば,それで構わないのですが。)

また,遺留分の算定は,相続開始時が原則(判例)ですが,その算定基準を合意時に固定してしまうことができます。

そこで,旧代表者の生前に,除外合意や固定合意を行っておくことで,遺留分の行使の際に,当該特例中小企業者の事業に対する影響を最小限に抑える工夫ができるのです。


(5)具体例

経営承継円滑化法の適用のある中小企業であるX社の代表者であるAは,X社株式の100%をもっていましたが,長男のBに対する事業承継を踏まえ,その株式の100%をBに贈与し,代表者の地位をBに譲りました。
Aには,推定相続人として,妻C,次男Dがいます。

X社の株式の価値は,総額3000万円です。
また,Aには,X社の株式の他に,2000万円の資産があります。

① 民法の原則による場合

Aは,遺言を残さずに亡くなりました。
そのころには,Bの努力により,X社は発展し,株式の価値が8000万円になっていました。

AがBに生前贈与した株式は,A死亡時の時価である8000万円と評価されます。
Bに対する特別受益は,遺留分算定の際に算入されますので,Aの遺産は現在残っている2000万円とあわせ,1億円と評価されます(みなし相続財産)。

1億円の遺産を法定相続分で分けるとCは5000万円,Bは2500万円,Dは2500万円となります。
Bは,すでに2500万円以上の生前贈与を受けているので,実際に残っている2000万円をC1666万円,D334万円などと分ければよいのでしょうか。
(貰いすぎの生前贈与を返す必要はありません。この場合の分け方にも,いろいろな考え方があります。)

いえいえ,C,Dには遺留分減殺請求権があります。
1億円を算定の基礎財産として,Cにはその1/4の2500万円,Dにはその1/8の1250万円の遺留分があることになります。
そのため,Bは,Aの残した非事業用資産は2000万円をすべてC,Dに譲っても,なお1750万円の不足部分をC,Dに対して返還しなければならないのです。

このような事態を民法の規定のみで回避しようと思えば,C,Dに予め遺留分を放棄する手続を取っておいて貰う必要があります。

② 除外合意がある場合

除外合意をした場合には,X社の株式はA相続時の遺留分評価から除外されます。

例えば,Aが全財産をBに残す,という遺言を残して亡くなったとしましょう。

CはAの遺産の1/4,Dは1/8の遺留分がありますので,これをBに対して請求できます。
しかし,遺留分評価から生前贈与分が外れているため,評価の基準は2000万円となり,Cが請求できるのは500万円,Dは250万円ということになります。

これだと,Bは,Aの遺した非事業用資産2000万円から支払い可能で,事業に対する影響を抑えることが出来ます。

③ 固定合意がある場合

固定合意がある場合には,相続開始時にいくら株式時価が上がっていても,評価は3000万円のままです。
そのため,遺留分算定の基礎となるのは,非事業用資産の2000万円とあわせて,5000万円ということになります。

Cの遺留分は1250万円,Dの遺留分は625万円です。
これは,Aの非事業用資産で何とか足りる金額です。

AがBに全て遺贈する,という遺言を遺しておけば,Bは遺留分減殺請求権に対して支払いを行うことが出来ます。


(6)合意に際して必要な手続

合意には,「後継者が合意の対象とした株式等を処分する行為をした場合」及び,「旧代表者の生存中に当該後継者が当該特例中小企業者の代表者として経営に従事しなくなった場合」の措置を定めておかなければ成りません。

また,合意後,1か月以内に,後継者から経済産業大臣に対し,確認の申請をする必要があります。

さらに,経済産業大臣の確認を受けた日から1か月以内に,家庭裁判所に許可申立てを行わなければなりません。

このようにして,一定の手続を経て有効な合意となりますので,注意が必要です。


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