2019年6月29日土曜日

仮払い制度等の創設・要件明確化

2018年7月相続法改正に関する記事です。

2018年7月相続法改正について

今回は、仮払い制度等の創設・要件明確化について見ていきましょう。

2019年7月1日から施行となる改正です。


被相続人が亡くなると、その人名義の預貯金口座は凍結され、相続人は自由に引き出すことができなくなります。
これは、2016年12月19日の最高裁判決により明らかにされたことです。

かつては、預貯金債権は遺産分割の対象ではないとされ、各相続人が相続分に応じて自由に引き出せるものとされていました。
しかし、実務上は、相続人間の無用な争いを招くため、相続が発生したことを知った金融機関は、相続人による自由な引き出しには応じていませんでした。
預貯金も遺産分割の対象となる、と考えた方が一般的にも理解しやすいですし、実務上、相続人間で遺産分割の対象とする合意をすることにより、遺産分割の対象とすることができる、という運用が長らくなされていました。
上記最高裁判決は、この実務上の流れに沿う形で、それまでの判例を変更し、預貯金債権も遺産分割の対象となることが確認されたのです。

一方、預貯金が遺産分割の対象となることにより、少し困った事態も出てきます。
相続人が、被相続人の葬儀費用や病院の治療費などを早急に支払いたいが手元に自分のお金はない、また、それまで被相続人に生活を頼り切っていたため、手元に生活費がない、被相続人の口座には十分預金があるのに・・・といった場合でも、相続人間での遺産分割がまとまらないかぎり、引き出しを行えないのです。

このような場合に対応するために、今回の相続法改正で仮払いの制度が定められました。




1 改正民法909条の2

民法の条文はこうなっています。

各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち相続開始の時の債権額の三分の一に第900条及び第901条の規定により算定した当該共同相続人の相続分を乗じた額(標準的な当面の必要生計費、平均的な葬式の費用の額その他の事情を勘案して預貯金債権の債務者ごとに法務省令で定める額を限度とする。)については、単独でその権利を行使することができる。この場合において、当該権利の行使をした預貯金債権については、当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす。

また、これを受けた法務省令では、次のように定められています。

民法第909条の2に規定する法務省令で定める額は、150万円とする。


法定相続人は、一定の範囲内で預金債権を引き出せる、というものです。


条文の適用は、以下のようになります。

例えば、P銀行に被相続人Aの預金債権が1500万円あり、XはAの法定相続人で、その法定相続分は2分の1であったとします。

このとき、そのP銀行の預金額1500万円の3分の1に、法定相続分2分の1をかけた金額は、250万円となります。

XがP銀行から下ろせるA名義の預金債権は250万円と言いたいところですが、法務省令で上限が150万円となっていますので、下ろせるのは150万円まで、ということになります。


なお、複数の口座があるときには、金融機関ごとに仮払いを受けることができます。
(金融機関の間で情報を共有することはできないため、仕方ないですが。)

例えば、上の例で、Q銀行にもA名義の預金が600万円あった場合、Xはこちらでも仮払いをうけることができます。
仮払いを受けることができる金額は、法務省令の上限の範囲内となる、600万円×1/3(条文)×1/2(法定相続分)=100万円となります。
P銀行の分とあわせると250万円が引き出せる、ということになりますね。


これら改正民法に基づく仮払いは、各金融機関の窓口にて可能となります。
裁判手続を経ずに行えるので、比較的迅速に仮払いを受けることができるということになりますが、戸籍等一式をそろえて相続関係を明らかにする必要がありますので、通常は、被相続人が亡くなったその日に、あるいは翌日に引き出すというのは難しいでしょう。




2 家庭裁判所の保全処分

家事手続法200条3項で新設された保全処分です。

200条
1 家庭裁判所(第105条第二項の場合にあっては、高等裁判所。次項及び第三項において同じ。)は、遺産の分割の審判又は調停の申立てがあった場合において、財産の管理のため必要があるときは、申立てにより又は職権で、担保を立てさせないで、遺産の分割の申立てについての審判が効力を生ずるまでの間、財産の管理者を選任し、又は事件の関係人に対し、財産の管理に関する事項を指示することができる。
2 家庭裁判所は、遺産の分割の審判又は調停の申立てがあった場合において、強制執行を保全し、又は事件の関係人の急迫の危険を防止するため必要があるときは、当該申立てをした者又は相手方の申立てにより、遺産の分割の審判を本案とする仮差押え、仮処分その他の必要な保全処分を命ずることができる。
3 前項に規定するもののほか、家庭裁判所は、遺産の分割の審判又は調停の申立てがあった場合において、相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁その他の事情により遺産に属する預貯金債権(民法第466条の5第一項に規定する預貯金債権をいう。以下この項において同じ。)を当該申立てをした者又は相手方が行使する必要があると認めるときは、その申立てにより、遺産に属する特定の預貯金債権の全部又は一部をその者に仮に取得させることができる。ただし、他の共同相続人の利益を害するときは、この限りでない。
4 第125条第一項から第六項までの規定及び民法第27条から第29条まで(同法第27条第二項を除く。)の規定は、第一項の財産の管理者について準用する。この場合において、第125条第三項中「成年被後見人の財産」とあるのは、「遺産」と読み替えるものとする。


こちらは、遺産分割の調停や審判(本案事件)が申し立てられたことが前提となっています。
本案事件を申し立てた当事者はもちろん、相手方となった当事者の方でも利用できる保全処分です。

保全処分には、金融機関の窓口に行けば受けられる仮払いと違って、金額的な制限はありません。
ただし、預貯金債権を下ろすための必要性や、その金額については、仮の判断(保全)ではありますが、家庭裁判所により審理されることになります。

家庭裁判所への本案事件の申立てと、保全の申立てと審理を必要とするため、当然ながらある程度時間のかかる手続となります。
ひとまず、1の金融機関での仮払いを先に行うべきでしょう。



3 遺産分割手続での扱い

仮払いを受けた預貯金債権は、遺産分割としてすでに受け取ったものとして扱われ、遺産分割手続に反映することになります(民法909条の2)。

例えば、次のような例を考えます。
①被相続人Aの法定相続人はX、Yの2名、どちらも法定相続分は2分の1。
②A名義の資産は、P銀行に1500万円、Q銀行に600万円の預貯金債権があるだけ。
③XがP銀行から1500万円の預金のうち150万円の仮払いを受け、Q銀行から600万円の預金のうち100万円の仮払いを受けた。
④法定相続分から調整すべき事情は存在しない。

残った遺産1850万円の預貯金債権を分割するにあたり、X、Yで話し合いがつけばどのような分け方でも良いのですが、話し合いがつかない場合はどうなるでしょう。

Xは250万円を受け取っていますが、Aの相続財産は元通り2100万円だったことを前提に、法定相続分で分けます。
Xは、1050万円の法定相続分のうち250万円は受取済みとなりますので、800万円を取得することになります。
Yは、1050万円を取得することになります。

当然の結論ですね。




摂津市,吹田市,茨木市,高槻市,島本町で,遺言・相続に関するご相談は, 大阪北摂法律事務所まで。 もちろん他の地域からのご相談も受け付けています。 お気軽にどうぞ。

2019年6月22日土曜日

配偶者居住権(2)

2018年7月相続法改正に関する記事です。

2018年7月相続法改正について

2020年4月1日に施行される配偶者居住権について見ていきたいと思います。

条文の紹介記事は以前の記事をご覧下さい。



1 配偶者居住権とはなんでしょう

配偶者居住権は、亡くなられた方(被相続人)の配偶者(夫または妻)が、被相続人の遺産であった居住用建物(自宅)に生涯または一定期間住み続けることができるように配慮して、新たに設けられた権利です。
相続開始の時に自宅に住んでいなければなりません。

2 配偶者居住権はどうすれば発生するのでしょうか

配偶者居住権は、遺言または遺産分割における選択肢の一つとして、配偶者に取得させることができます。

遺言がない場合、基本的には相続人間の合意が必要ですが、特別の事情があれば、合意がない場合でも家庭裁判所の遺産分割審判において配偶者居住権が認められることがあります。


配偶者短期居住権と違って、自動的に発生する権利ではないので注意が必要です。



3 配偶者居住権を認めることでどのような利点があるのでしょうか

配偶者が自宅で暮らしながらその他の財産も取得できる可能性があります。

具体的に見ていきましょう。
Aさんは、3000万円の価値のある自宅と預貯金1000万円を遺して亡くなりました。
遺言はありませんでした。
Aさんの法定相続人は、妻のBさんと子のCさんですので、法定相続分は1対1ということになります。

Bさんは、自宅に継続して住み続けたいと思っています。

(今までの制度だと)

Bさんが自宅の所有権を取得するのが理想です。
その代わり、Cさんがあくまでも1対1の相続を主張した場合には、預貯金1000万円のほか、代償金としてさらに1000万円をCさんに渡す必要があります。
Bさんとしては、自宅への居住継続は確保できたとしても、今後の生活には大いに不安を覚えるところです。
そもそも自宅をBさんが取得することに合意ができるとも限りません。

Cさんが相続した上で、BさんはCさんから自宅を賃貸借契約を締結する、という方法もあります。
しかし、合意が成立しなければ賃貸借契約は成立しません。



(配偶者居住権を利用すると)
遺産分割において、Bさんの配偶者居住権を認める合意が成立するか審判が確定すると、Bさんは自宅への居住を継続することができます。
その場合、Bさんが取得するのはあくまでも「配偶者居住権」であり、所有権ではありません。

このとき、所有権はCさんの名義とするならば、Cさんが取得するのは「制限付きの所有権」ということになり、CさんはBさんの配偶者居住権が継続する間、この不動産を自由に処分することが出来なくなります。
理論的には、不動産の価格=(Bさんの)配偶者居住権の価値+(Cさんの)制限付き所有権の価値ということになります。

配偶者居住権の評価は、相続税申告にも必要となるため、税務上の計算方法が定められることになります。
もっとも、相続人間で配偶者居住権をどの程度に評価するかは、合意ができさえすれば自由です。
争いが生じた場合には遺産分割の場面において、税務上それぞれがどのように評価されるかが、分割に際しての指標になるでしょう。

例えば、3000万円の不動産のうち、Bさんの配偶者居住権が1200万円、Cさんの制限付き所有権が1800万円と評価し、BさんとCさんで均等に遺産を分けることにする場合、残りの現預金1000万円をBさんに800万円、Cさんに200万円というような分け方をすることも出来るのです。
Bさんとしては、自宅を維持しつつも手元にまとまった財産を遺すことができました。
Cさんは、Bさんが亡くなり、配偶者居住権が無くなることによって、(税務上の負担は別として)負担のない所有権を取得することが可能になります。




遺言書作成の場面では、より重要な変更と言えるかも知れません。

遺留分を侵害した遺言を作成してしまうと、侵害された相続人の意向により、自分の意思どおりの相続は実現できない可能性が高まってしまいます。
例えば、不動産の価値が大きく、その他預貯金等は少ないというような財産の場合、配偶者に不動産を相続させるとすると、たとえ子供にその他全てを相続させるとしても、どうしても子供の遺留分を侵害する可能性が高まります。
その場合、税務上どのように配偶者居住権が評価されるかを検討したうえで、「配偶者に配偶者居住権を取得させる」旨の遺言を作成することにより、配偶者の自宅への居住を確保したうえで、遺留分を侵害しない遺言を残すことができる可能性が高まります。
なお、配偶者居住権を取得させることは、「遺贈」の扱いとなります。


ただし、配偶者居住権の価値がかなり高く評価されてしまい、自宅の所有権そのものとほとんど変わらないような場合は、あまり使えないという可能性もあります。

いずれにせよ、配偶者居住権を定める遺言の作成には、税務上の知識と、遺留分等相続法の知識が必要ですので、専門家の助けを借りた方が良いでしょう。



(補足)
配偶者居住権を遺産分割の場面で考慮できるようになるのは、施行日(2020年4月1日)以後に相続が発生した場合です。
また、配偶者居住権を遺贈する遺言については、施行日以降に作成されたものでなければ、意図したとおりの効果を得ることは出来ません。
(附則10条)




摂津市,吹田市,茨木市,高槻市,島本町で,遺言・相続に関するご相談は, 大阪北摂法律事務所まで。 もちろん他の地域からのご相談も受け付けています。 お気軽にどうぞ。

2019年6月15日土曜日

チケット不正転売禁止法が施行されました

チケット不正転売禁止法(正式名称:特定興行入場券の不正転売の禁止等による興行入場券の適正な流通の確保に関する法律)が2019年6月14日に施行されました。

ダフ屋行為やインターネット上などでの転売、とくに高額での転売などが禁止されるのだろうということは想像できますが、実際にはどのような規制がなされるのでしょうか。




1 何のチケットが対象となるのでしょうか?
2 どういう行為が不正転売となるのでしょうか?
3 チケットを販売する側は何かする必要があるのでしょうか?
4 どういう行為に対してどういう罰則があるのでしょうか?



1 何のチケットが対象となるのでしょうか?

日本国内で行われる、不特定又は多数の人に見せ、聴かせることを目的とした芸術及び芸能(映画、演劇、演芸、音楽、舞踊その他)又はスポーツの興業のチケットです。

ただし、チケットは次のような要件を備えている必要があります。

○ 興行主(または興行主から委託を受けた販売者)により、チケット販売の際に興行主の同意のない転売は禁止である旨明示され、チケット(Eチケットなども含む)の券面にも同様の記載があること
○ 特定の日時・場所の興業であり、入場資格者または座席が指定されてること
○ 入場資格者を指定するものは、氏名と連絡先をチケット販売の際に確認すること
○ 座席のみ指定するものであっても、購入者の氏名と連絡先をチケット販売の際に確認すること

海外での公演のチケットは対象となりません。
また、遊園地の入場チケットなどは対象になりませんね。


2 どういう行為が不正転売となるのでしょうか?

この法律で規制される不正転売は、次の条件を全て満たした転売行為です。
① 興行主の事前の同意を得ていないこと
② 業として行うチケットの転売であること
③ 販売価格を超える価格で転売すること

例えば、予定していた公演に行けなくなったので、譲り先をインターネットで探して転売したというような場合は、たとえ少々高値であったとしても、「業として」には該当しないため普通は該当しません。

もっとも、このような転売を何度もしていると「業として行っている」と判断されることで、罰則の適用があり得ます。

なお、この法律は民事上の効果を規制するものではないため、興行主が転売されたチケットでは入場できない措置をとっているような場合は、たとえこの法律に定められた「不正転売」でなかったとしても、もちろん譲られた人は入場できません。
転売した人が罰則を受けることはない、というだけです。


3 チケットを販売する側は何かする必要があるのでしょうか?

興行主には、努力義務ではありますが、次のようなことが求められています。

① 入場時に、チケットで入場する人が入場資格者であるかどうかを確認するための措置などを講ずること
② 許可を得た適正な転売は可能にできるよう、購入者に機会を提供すること
③ 正確かつ適切な情報を提供し、購入者等からの相談に適切に対応すること


なお、興行主だけでなく、国および地方公共団体にも、努力義務が規定されています。


4 どういう行為に対してどういう罰則があるのでしょうか?

不正転売を行った者はもちろん、不正転売で購入した者も罰せられます。

1年以下の懲役または100万円以下の罰金で、これが併科されることもあります。

ダフ屋から購入しても罰則があるので、注意が必要です。




以上が「チケット不正転売禁止法」の概要です。


上にも少し述べましたが、この法律はチケット売買契約に関して、民事上の効果を直接規定するものではありません。
もっともこの法律が定められた趣旨から、例えばチケット転売行為が公序良俗違反等で無効とされる範囲についての判断の基準となるなど、契約関係にも影響はあるものと思われます。



摂津市、吹田市、茨木市、高槻市、島本町での法律相談は, 大阪北摂法律事務所まで。 もちろん他の地域からのご相談も受け付けています。 お気軽にどうぞ。