第1 民事訴訟における証拠の役割
私たちが民事裁判で何らかの請求を行う場合,その請求の根拠となる事実を主張します。
例えば,XがYに貸したお金を取り返すために訴訟を起こした場合,次の事実を主張しなければなりません。
① XとYが,金銭返還の合意をしたこと
② XがYに金銭を交付したこと
③ XとYが弁済期の合意をしたこと
④ 弁済期が到来したこと
これらを請求原因事実といいます。
具体的には,
①②③ XはYとの間で,弁済期限を平成26年6月30日と合意して,平成24年7月1日,金100万円を交付した。
④平成26年6月30日は到来した。
などと書きます。
そして,民事訴訟においては,立証責任があり,原則として請求原因事実は,原告であるXが証明責任を負います。
Yが,①②③の事実はなかった,と主張(否認)した場合,Xは,証拠でその事実を立証する必要があります。
通常は,XY間で契約時に交わした金銭消費貸借契約書や,YがXに差し入れた借用証書があれば,①②③の事実は明らかになります。
(④の事実は,明らかな事実であるため,Xがいちいち立証する必要はありません。)
ところが,契約書をそもそも作っておらず口約束で貸した,とか,契約書を無くしてしまった,などという場合があります。
その場合であっても,Yが①~③の事実を認めてくれた場合には問題はありません。
しかし,Yが否認した場合には,①~③の事実を,契約書という客観的に固い証拠以外の証拠により立証しなければならなくなります。
例えば,XがYに100万円を振り込んだことは,通帳の記帳を見れば分かるかも知れませんが,そこで立証できるのは,②の事実だけです。
客観的な証拠がない部分においては,本人の言い分や証人の証言に頼らざるを得ず,回りくどいばかりか,証明力もずいぶん低くなってしまいます。
このように,法律行為を行った時に,証拠となるものをきちんと残しておくことは,重要です。
これは,Yの側にとっても同様です。
上述の例であれば,Yとしては,①~④の事実はあるものの,返した,という主張を行うこともできます(弁済の抗弁)。
抗弁は,請求原因事実が全て認められる場合に,なお請求を棄却すべき事実であり,今度はYの側に立証責任があるのが原則となります。
この場合,Yは,弁済の事実を立証しなければなりません。
Yとしては,
A 預金通帳における記録
B Xにより発行された領収証
などにより,弁済の事実を立証することができます。
これが
C 手渡しで,領収証も受け取っていない
というのであれば,客観的証拠により,弁済の事実を立証することは出来ません。
なお,Aだと,Xからは別の理由による入金だ,という反論の余地がありますので,B方が,抗弁の証拠としては上でしょう。
証拠のレベルとしては,B>A>>>C ということになります。
第2 日常生活における心がけ
以上は,(基礎的ではありますが)専門的な話になりました。
ここからが,むしろ本題です。
日ごろから,きちんと証拠を残すようにしましょう。
といっても,普段の生活の中で,裁判になった時,を意識しながら証拠を集めることは,あまり現実的ではありません。
家計簿をつけるというのは,自分の生活をきちんと制御する上では有効ですが,証拠を残す,という観点からは,そこまで厳密にする必要は無いと思います。
しかし,大きな買い物をした場合などは,きちんと証拠になるようなものは残しておくべきでしょう。
買った時に問題なくても,後から不具合が出てくる可能性が有り,その場合に何らかの請求を売り主に対して行う場合には,証拠が必要になります。
物を買った,物を受け取った,対価を支払った,で安心している人はかなりいると思います。
しかし,「対価を支払った」という証拠が何も残っていない場合,どうなるでしょうか。
二重に請求され,場合によっては負けてしまう可能性もあるのです。
もちろん,信頼ある相手からであれば,そのような不当な請求を受ける可能性は低いでしょうが。
また,このように,後から見直して,自分のやったことについて,きちんと証拠に残る形にするという心がけは,いろいろな所で役に立ちます。
とくに,詐欺に逢いにくくなるでしょう。
詐欺犯人というのは,とにかく,証拠が残らないように働き掛けてきます。
箱詰めして現金を送って下さい,などというのは,典型的な例です。
日頃から,お金を出した時には必ず領収証(レシート)を貰わなければならない,という心がけがある人は,このような詐欺には,まず引っかからないでしょう。
第3 客観的証拠に乏しいときは
それでも,客観的証拠として残すのが難しい場合もあります。
その場合は,記憶が新鮮なうちに,記録に残しておくようにしましょう。
後から思い出して,その記憶を伝えるより,よほど信頼性は高くなります。
例えば,残業代の請求を行う場合など,おかしいな,と思ったら就業時間をきちんと毎日日記に付けるなどの工夫が必要になります。
いざ,争いが現実化してから,「6月には平均2時間は残業しましたが,残業代は一切出ていません」などと主張しても,信用性はあまりなく,証明責任の関係から,立証不十分で負けてしまう可能性が高いでしょう。
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