我が国の事業者で多くの割合を占める中小企業においては,経営者が築き上げた事業基盤を,経営者の引退または死亡に伴い,その相続人またはそれ以外の人に引き継がせたいという場合が多いと思います。
したがって,経営者の代替わりをスムーズに行うことは,とても重要です。
そこで,このブログでは,事業承継の問題とその対処について,シリーズで書いていこうと思います。
世代交代の方法としてまず簡単に思いつくのは,「生前贈与」や「遺言」といったものでしょう。「死因贈与」もありえます。
しかし,民法の定める原則を,経営者の代替わりにそのまま当てはめてしまうと,上手くいかない事態が出てきます。
(1-1)遺言の場合の原則
遺言で,事業用資産を相続人の一人に集中させることはできます。
しかし,亡くなった経営者の配偶者または子には,「遺留分」があります。
遺留分を平たく言うと,相続財産の一定割合は,遺言にかかわらず遺産相続する権利があるということです。
そして,他の相続人が遺留分減殺請求を行使することにより,結局その中小企業の経営までが傾いてしまう,ということが考えられます。
(1-2)遺言の場合の具体例
例えば,株式及び事業用資産の価値が4000万円あり,経営者Aが一手に握っていたとしましょう。
経営者Aは,長年いっしょに仕事をしてきた長男Xに対して,これらの資産を残そうと考え,その内容の遺言を残しました。
しかし,経営者Aの相続人には,Xの他,Aの妻(Xの母)Y,それにこの事業とは全く関係のない仕事をしている次男Z(Xの弟)も居ました。
民法上,法定相続分は,Yが1/2,Xが1/4,Zが1/4です。
そして,Yには1/4,Zには1/8の遺留分が認められています。
Aが亡くなった場合,遺言によりこれらの資産をXは相続できます。
しかし,Y,Zは,それぞれ1/4,1/8の割合で,Xに対して遺留分減殺請求ができるのです。
もし,Aの資産が,事業に関する4000万円相当しかなかったならば,Aは,遺留分減殺請求に応え,Yに対して1000万円,Zに対して500万円を支払わなければなりません。
もちろん,Aの資産がそれ以上にたくさんある場合には,このような問題は起こらないかも知れません。
しかし,中小企業の経営者は,事業用の資産が全財産という場合も多く,それ以上に資産を潤沢に持っている,という場合はそれほど多くはありません。
また,YやZの遺留分減殺請求権は権利ですので,YやZがAの意図をくんで,この権利行使を行わなければ,問題ないかも知れません。
しかし,各相続人の意図に任された状態は,極めて不安定な状態であると言えるでしょう。
このように,せっかく資産をXに集中させても,遺留分減殺請求に応えるために,事業基盤が危うくなるという事態が起こるのです。
(2)生前贈与の場合の原則
生前贈与を行えば,経営者の生前に,後継者に対して事業を移すことができます。
しかし,無償で贈与してしまうと,相続税に比して非常に高い割合の贈与税がかかる可能性があります。
もちろん後継者が適正な対価を支払う能力があれば,贈与税の問題は心配する必要はないかも知れません。
しかし,中小企業の後継者候補として長年働いてきた受贈者は,それほどの財産を持っていないのが普通ではないでしょうか。
また,適正対価であれば良いかというと,株式の譲渡は譲渡所得として経営者に所得税が掛かってくる可能性があります。
そこで負担することになる税負担は,合法な「節税対策」では対処仕切れないほどの負担となる可能性があり,この事業の経営そのものを危うくさせてしまう,という事態が生じうるのです。
また,特別受益を巡って,前経営者の死亡時に,相続争いが発生してしまう可能性もあります。
このように,特に中小企業にとって,事業承継は日頃から考えておくべき課題であることがおわかりいただけたでしょうか。
※単純な遺言や贈与で,必ず失敗する,という訳ではありません。税対策などをきちんとすれば,これらによりうまく事業承継できることも,もちろんあります。
次回以降で,これらの原則を修正するため方法を紹介していきたいと思います。
次回は,中小企業の円滑な事業承継に資する目的で,制定された「経営承継円滑化法」をご紹介します。
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