2018年7月4日水曜日

平成30年6月1日 最高裁判決 その2

平成30年6月1日に,労使問題に関する重要な2件の最高裁判決が出ました。

いずれも,正規労働者と非正規労働者の待遇の差が認められるかどうか,という労働者側にとっても使用者側にとっても,重要な問題に関する判断です。

① 平成28年(受)第2099号 未払賃金等支払請求事件
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② 平成29年(受)第442号 地位確認等請求事件
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この記事では,2件目の判決を紹介します。

今回の判決は,以下のような内容の判断となっています。

① 有期契約労働者が定年退職後に再雇用された者であることは,労働契約法20条にいう「その他の事情」として考慮されることとなる事情に当たる
② 有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かについての判断の方法
③ 無期契約労働者に対して能率給及び職務給を支給する一方で有期契約労働者に対して能率給及び職務給を支給せずに歩合給を支給するという労働条件の相違が,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらないとされた事例

① について

労働契約法20条については,前回の記事に記載しました。

(有期契約の社員と無期契約の社員の)労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。

本件は,正社員と定年退職後再雇用された嘱託社員の待遇の差が問題となった事例です。
行う仕事の内容は一緒ですが,賃金に関して言えば,賞与が無いなどの事情で,定年前の賃金の8割程度になるものでした。

再雇用による嘱託社員が,同じ仕事をする正社員と同等の賃金をもらえないのは,果たして合理的といえるのでしょうか。
最高裁は次の通り判示しています。

 定年制は,使用者が,その雇用する労働者の長期雇用や年功的処遇を前提としながら,人事の刷新等により組織運営の適正化を図るとともに,賃金コストを一定限度に抑制するための制度ということができるところ,定年制の下における無期契約労働者の賃金体系は,当該労働者を定年退職するまで長期間雇用することを前提に定められたものであることが少なくないと解される。これに対し,使用者が定年退職者を有期労働契約により再雇用する場合,当該者を長期間雇用することは通常予定されていない。また,定年退職後に再雇用される有期契約労働者は,定年退職するまでの間,無期契約労働者として賃金の支給を受けてきた者であり,一定の要件を満たせば老齢厚生年金の支給を受けることも予定されている。そして,このような事情は,定年退職後に再雇用される有期契約労働者の賃金体系の在り方を検討するに当たって,その基礎になるものであるということができる。
 そうすると,有期契約労働者が定年退職後に再雇用された者であることは,当該有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かの判断において,労働契約法20条にいう「その他の事情」として考慮されることとなる事情に当たると解するのが相当である。

定年後再雇用された期間が限定された嘱託社員であるという事情は,労働契約法20条にいう「その他の事情」のひとつとして,労働条件の相違に合理的な理由があるかという判断に用いられることになります。

② について

本件において,労働者が待遇の差として問題視したのは,賃金の多数項目にわたります。

最高裁は,各賃金項目の趣旨を個別に考慮すべしとしています。

有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっては,両者の賃金の総額を比較することのみによるのではなく,当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきものと解するのが相当である。

③ について

そのうえで,正社員に対しては基本賃金のほか能率給及び職務給を支給するのに対し,嘱託社員には基本賃金と歩合給を支給するというという本件事案においては,「職種に応じて額が定められる職務給を支給しない代わりに,基本賃金の額を定年退職時の基本給の水準以上とすることによって収入の安定に配慮するとともに,歩合給に係る係数を能率給よりも高く設定することによって労務の成果が賃金に反映されやすくなるように工夫している」ということから,単に能力給及び職務給が支給されないという点だけでなく,代わりに歩合給が支給されているという事情を併せて,不合理な相違があるかどうかを判断すべきであるとしました。

本件では
・ 基本給+能率給+職務給の場合と,基本給+歩合給の場合を比べた時の差
・ 嘱託社員は一定の要件を満たせば老齢厚生年金を受け取ることができるうえ,老齢厚生年金の報酬比例部分の支給が開始されるまでの間,2万円の調整給が支給されること
といった事情から,不合理な相違には該当しない,と判断しています。

このほか
精勤手当が嘱託社員に支給されないことについては,不合理な相違である。
住宅手当・家族手当が嘱託社員に支給されないことについては,不合理な相違ではない。
役付手当が嘱託社員に支給されないことについては,不合理な相違ではない。
超勤手当が嘱託社員に支給されないことについては,不合理な相違である。
賞与が嘱託社員に支給されないことについては,不合理な相違ではない。
との判断になっています。
(各手当の性質と,判断の理由について興味がある場合は,判決を見て下さい。)

なお,不合理な相違があっても,正社員と同一条件になるわけではない,というのは同日①の判決と同様です。


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2018年6月4日月曜日

平成30年6月1日 最高裁判決 その1

平成30年6月1日に,労使問題に関する重要な2件の最高裁判決が出ました。

いずれも,正規労働者と非正規労働者の待遇の差が認められるかどうか,という労働者側にとっても使用者側にとっても,重要な問題に関する判断です。


① 平成28年(受)第2099号 未払賃金等支払請求事件
  判決へのリンク

② 平成29年(受)第442号 地位確認等請求事件
  判決へのリンク



この記事では,1件目の判決を紹介します。

労働契約法第20条は次のような規定になっています。
有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない
すなわち「有期契約労働者と無期契約労働者との契約条件の相違は,不合理と認められるものであってはならない」と規定されていることから,有期契約労働の労働条件のうち,不合理と判断される労働条件の違いは無効となると考えられます。


それでは,不合理な相違がある場合には,有期労働契約者の労働条件は,無期労働契約の条件にそろえられることになるのでしょうか。


この点について,最高裁は,
「有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が同条に違反する場合であっても,同条の効力により当該有期契約労働者の労働条件が比較の対象である無期契約労働者の労働条件と同一のものとなるものではないと解するのが相当である。」
と判示しました。

この判例の事件は,契約社員(有期雇用)と正社員(無期雇用)で,それぞれ異なる就業規則が適用されることで,差が生じているというものでした。
仮に,これが不合理な差が生じていると認められる場合でも,契約社員に正社員と同じ就業規則を適用すべき,ということにはならない,ということです。
不合理な差が生じていても,正社員の労働条件を根拠として差額賃金を請求するという訴えは認められないということです。



それでは,不法行為に基づく損害賠償請求はどうでしょうか。

この判断に際し,最高裁は,「期間の定めがあることにより」とは,
「有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が期間の定めの有無に関連して生じたものであることをいうものと解するのが相当である。」
「不合理と認められるもの」とは,
「有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理であると評価することができるものであることをいうと解するのが相当である。」
と判示しました。


この判例の事例は,バス乗務員である正社員には皆勤手当を支給するのに,契約社員は皆勤しても皆勤手当がないものでした。
最高裁は,これを不合理な契約条件の相違であると判断し,高裁判決を一部破棄しました。
事件は,高等裁判所に差し戻されて,不合理な契約条件の相違により契約社員がこうむった損害について,審理のやり直しがされることになります。


最近,同一労働同一賃金の原則が言われています。
これに関して最高裁が判断を示した一つの例と言うことができます。

なお,同一労働同一賃金については,たとえば男女による差別的取扱の禁止(労働基準法4条),国籍・信条又は社会的身分を理由とした差別的取扱の禁止(同3条)などが定められていますが,非正規労働者に対する差別的取扱の禁止は,せいぜい努力義務程度で,はっきり禁止されてはいません。


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2018年5月8日火曜日

氏の変更許可申立

家庭裁判所での手続に,氏または名の変更許可を得るというものがあります。

氏または名は,戸籍で管理されている情報ですが,これらを変更するためには,家庭裁判所に変更許可の審判を求めて申立を行わなければなりません。

根拠となるのは戸籍法107条(氏)および同107条の2(名)です。
どちらも家庭裁判所の許可が必要とされています。

戸籍法107条
1 やむを得ない事由によつて氏を変更しようとするときは、戸籍の筆頭に記載した者及びその配偶者は、家庭裁判所の許可を得て、その旨を届け出なければならない。
2 外国人と婚姻をした者がその氏を配偶者の称している氏に変更しようとするときは、その者は、その婚姻の日から六箇月以内に限り、家庭裁判所の許可を得ないで、その旨を届け出ることができる。
3 前項の規定によつて氏を変更した者が離婚、婚姻の取消し又は配偶者の死亡の日以後にその氏を変更の際に称していた氏に変更しようとするときは、その者は、その日から三箇月以内に限り、家庭裁判所の許可を得ないで、その旨を届け出ることができる。
4 第一項の規定は、父又は母が外国人である者(戸籍の筆頭に記載した者又はその配偶者を除く。)でその氏をその父又は母の称している氏に変更しようとするものに準用する。

戸籍法107条の2
正当な事由によつて名を変更しようとする者は、家庭裁判所の許可を得て、その旨を届け出なければならない。


許可を得るひつような実質的要件として,次のように定められていますね。
氏  やむを得ない事由によって
名  正当な事由によって

変更にはそれ相応の理由が必要であり,自分の好き勝手に氏または名を変更しようと思っても,許可されない,ということになります。
やむを得ない事由と正当な事由の差はと言うと,氏を変更することの方が名を変更することよりも厳しいとされています。

裁判所のウェブサイトでの説明です
氏の変更に必要な「やむを得ない事由」・・・氏の変更をしないとその人の社会生活において著しい支障を来す場合をいうとされています。
名の変更に必要な「正当な事由」・・・名の変更をしないとその人の社会生活において支障を来す場合をいいます

名の変更の場合は,たとえば
・ 過去の虐待の経験を思い起こさせる戸籍名の使用は耐えがたい
・ 同姓同名の犯罪者がいる
・ 婚姻や養子縁組で同姓同名になってしまう
・ いじめをうけるような珍奇な名前である
・ いわゆるキラキラネームを改めたい
とかいうような深刻な事情はもちろんのこと,
・ 出家する
・ 難読である
・ 異性とまぎらわしい
・ 本来使用したかった文字が人名用漢字に加えられた
というような(社会生活において支障を来すかどうかは疑問な)場合にも認められることがあります。

一方で,氏の変更の場合には,やはり深刻な場合にのみ認められるようです。


なお,離婚の際には,配偶者の氏を名乗っていた当事者は,当然に婚姻前の氏にもどることになります(離婚による復氏)。
婚姻時の氏を離婚後も継続的に名乗る場合には,届出をする必要がありますが,これには家庭裁判所の許可は必要ありません(婚氏続称)。

これとは別に離婚時にもう一つ出てくるのが「子の氏の変更許可審判」であり,こちらは家庭裁判所での審判手続が必要になります。
離婚による復氏をした人が,未成年の子を自分の戸籍に入れるには,子も同じ氏に変更しなければならないので,この手続が必要になるのです。
子が15歳未満のときは,親権者が子の法定代理人として申し立てます。
子が15歳以上のときは,子本人が申立を行います。
(離婚しても婚氏続称する場合には,未成年の子を自分の戸籍に入れる手続だけで足りるので,家庭裁判所の許可は必要ありません。)



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2018年3月13日火曜日

使用貸借の終了原因

使用貸借とは,ただでものを貸すことです。
ものには,不動産(土地・建物)も含まれます。

ただでものを貸すということは,特に親族関係などで一般的に行われています。
たとえば,親子の関係だからということで,親が自分名義のマンションに子を家賃無料で一人暮らしさせている,などということは,それほど珍しいことではありません。
また,このような場合には,使用貸借について契約書が交わされていることも,それほど多くはありません。

このように,使用貸借契約が存在することが明らかであっても,具体的な契約内容(いつまで?何の目的で?)といった内容が明らかでない場合も多いため,使用貸借はどのような場合に終了させることが出来るのかは,しばしば問題になります。

法律はどう定めているのでしょうか。

民法第597条
1 借主は、契約に定めた時期に、借用物の返還をしなければならない。
2 当事者が返還の時期を定めなかったときは、借主は、契約に定めた目的に従い使用及び収益を終わった時に、返還をしなければならない。ただし、その使用及び収益を終わる前であっても、使用及び収益をするのに足りる期間を経過したときは、貸主は、直ちに返還を請求することができる。
3 当事者が返還の時期並びに使用及び収益の目的を定めなかったときは、貸主は、いつでも返還を請求することができる。

期間の定めがある場合には,その期限で使用貸借契約は終了です。
期限の定めがなく,使用・収益の目的が定められている場合には,その目的に従って使用及び収益を終わった時で契約終了となります。
ただし,借り主が目的に従った使用収益をいつまでたっても終わらない場合に,契約がいつまでも終わらないのは不都合であるため,使用及び収益をするのに足りる期間を経過したときには,貸し主が返還請求をすることで,契約終了とすることが出来ます。
期間も使用・収益の目的も定められていない場合には,貸し主が,いつでも返還請求をすることで,契約終了とすることが出来ます。

もっとも,明確に契約書が交わされることが少ない使用貸借だけに,「使用・収益の目的が定められているかどうか」「定められている場合には使用及び収益をするのに足りる時間を経過したといえるか」という問題が,常につきまといます。

先ほどの親が子に自分の所有するマンションに住まわせた目的は,子がそのマンションの大学に通うためだったという場合も考えられます。
また,土地を貸した理由は,借り主が土地の上に家を建てて住むためだったという場合もあります。
これらの契約で,契約書が作られていなかったからといって,目的が定められていない,ということにはなりません。

それでは,使用及び収益をするのに足りる時間を経過したと言えるのは,どんなタイミングでしょうか。
これは,個別具体的な事情により,さまざまな判断がなされています。
「大学に通うために」という目的はわかりやすいですが,「家を建てて住むために」という目的の場合には,使用収益に足りる期間といっても,わかりにくいですね。
そのため,裁判官によって判断にかなりのブレがある部分です。

不動産の賃貸借と違って,使用貸借は無償であることから,借り主は特別な保護を与えられません。

※なお,民法の改正に伴い,次のように条文は変わります。
(1) 当事者が使用貸借の期間を定めたときは,使用貸借は,その期間が満了した時に終了する。
(2) 当事者が使用貸借の期間を定めなかった場合■において,使用及び収益の目的を定めたときは,使用貸借は,借主がその目的に従い使用及び収益を終えることによって終了する。
(3)使用貸借は,借主の死亡によって終了する。 

従前の2項但し書きや,3項に当たる規定は,別の条文となります。
以下の(1)は新設条項ですね。
自然に終了する場合以外の終了は,「解除」によることとされました。
(1) 貸主は,借主が借用物を受け取るまで,契約を解除することができる。ただし,書面による使用貸借については,この限りでない。
(2)貸主は,■に規定する場合において,■の目的に従い借主が使用及び収益をするのに足りる期間を経過したときは,契約の解除をすることができる。
(3)当事者が使用貸借の期間並びに使用及び収益の目的を定めなかったときは,貸主は,いつでも契約の解除をすることができる。
(4) 借主は,いつでも契約の解除をすることができる。


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2018年3月6日火曜日

共同不法行為者に対する請求と時効中断

複数の行為者により被害者に損害を与えた場合には,加害者には共同不法行為が成立します。

被害者が損害賠償を得るためには,加害者へ請求しなければなりません。
損害賠償債権にも消滅時効があるため,放っておくと時効を援用されて,賠償を受けることが出来なくなってしまうのです。

それでは,共同不法行為者の一人に対して行った請求は,他の共同不法行為者に対しても,時効中断の効力を生じるでしょうか。

(事例)
Xは,YとZの行為により損害を受けた。
Xは,時効期間が経過する前に,Yに対して損害賠償請求(催告)を行った。
その後時効期間が経過した。
いまだ賠償を受けられないXは,催告から6か月以内に,YとZを相手として損害賠償請求訴訟を提起した。

催告をしておくと,時効期間が過ぎた後も,催告から6か月以内に提訴すれば,時効中断が認められます。

この事例では,Yに対しては時効中断の効力が認められることは間違いないですね。
一方で,Zに対してはどうでしょうか。
共同不法行為者間で請求の絶対効が認められるのか,という問題になります。

結論
残念ながら,この場合には,絶対効は認められない,ということになります。
Xとしては,Yだけでなく,Zに対しても損害賠償の催告を行っておくべきでした。

これは,一般的な連帯債務者間において,請求の絶対効が認められるのとは対照的です。
※ただし,連帯債務者間における請求の絶対効については,民法改正により削除されることが決まっています。


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