2014年10月1日水曜日

医療観察法の手続

医療観察法という言葉を聞いたことがありますか?
おそらく,多くの人には耳になじみのない言葉だと思います。



医療観察法は,正式名称を「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律」といい,その名称から分かるとおり,刑事手続に関係する法律です。

医療観察法の目的は,「心神喪失等の状態で重大な他害行為(他人に害を及ぼす行為をいう。以下同じ。)を行った者に対し、その適切な処遇を決定するための手続等を定めることにより、継続的かつ適切な医療並びにその確保のために必要な観察及び指導を行うことによって、その病状の改善及びこれに伴う同様の行為の再発の防止を図り、もってその社会復帰を促進すること」とされています。


心神喪失については,以前の記事を参照して下さい。


世の中で重大な事件が発生しても,被疑者に精神障害があるとされた場合に,責任能力が認められないから刑罰に処せられない,という結論には違和感を覚える人も多いと思います。
しかし,その結論自体は,刑罰法規が責任主義を原則としている以上,揺るがすことは出来ません。

しかし,刑罰を科すことが出来ないからと言って,その行為を行ってしまった人を,そのまま社会復帰させることが適当であるかは,別問題です。
軽微な犯罪行為であれば,周りの福祉スタッフ等の協力が得られれば,すぐさま社会に復帰させても問題ない場合が多いでしょう。
しかし,行った犯罪行為が,重大であれば,そのまま社会復帰させることによって,様々な問題が起きることは目に見えています。
一方で,何の根拠もなく,その人を精神病院に入院させてしまうことは,責任主義をとる刑罰法規とは相容れないばかりか,適正手続保障という憲法の原則を無視した,その人に対する重大な人権侵害ともなり得ます。


そこで,人権抑制と,社会の安全というバランスのもと,その人にとってどのような方法をとることが相応しいのかを考えるための手続が,医療観察法ということになります。
医療観察法は,精神障害により他害行為を行った人に対し,刑罰を科すための手続ではない,ということが,重要なポイントです。


医療観察法が適用されることになる場合は,大きく分けて2つあります。

① 心神喪失者又は心神耗弱者と認められて不起訴処分となった人
② 心神喪失を理由として無罪の裁判が確定した人,心神耗弱を理由として刑を減軽する旨の裁判が確定した人

※心神耗弱者については,実刑判決だった場合は,刑罰の執行が優先されるため,医療観察法の手続にはなりません。

つまり,刑事裁判が始まる前の段階と,刑事裁判の後の段階に,スタート地点があることになります。


医療観察法において,適用対象となる人のことを,「対象者」といいます。

それでは,この医療観察法の手続においては,弁護士はどんな役割をするのでしょうか。

弁護士は,対象者の「付添人」として活動します。
付添人を選任することができるのは,対象者本人のほか,その家族などであり,また裁判所により国選付添人として選任されることもあるため,刑事事件における被疑者・被告人と同じようなイメージです。
被疑者段階で,被疑者国選弁護人として活動していた場合,裁判所としては,そのまま国選付添人に同じ弁護士を選任したい,というのが普通ですので,通常は打診されます。
(重大な他害行為を行った者であるから,被疑者段階では,被疑者国選対象事件となるのが通常です。)
(ただし,弁護士としては,国選付添人の就任を強制されるわけではありません。)

付添人は,対象者の人権が過度に制約されないかどうかという視点から,対象者にとって最も良いと思われる処遇を考えていきます。

医療観察法の手続は,最終的には裁判所における審判の手続で,対象者に対する処遇として,入院または通院の決定をすることになります。
その判断のために,通常,鑑定手続が行われます。

これらの鑑定人などとの協議の中で,対象者に対しては,どのような措置が必要かを,対象者の人権擁護の観点から必要に応じた意見を行っていくのが,付添人の役割です。

鑑定のために鑑定入院が行われる場合は,その期間が2か月間に及び,通常は,裁判所の指定する精神病院の閉鎖病棟などでの入院となるため,対象者に対する身柄拘束が長期間に及びます。
この間の,鑑定入院先病院との連絡や,病室での処遇の改善要求なども,付添人弁護士の役割となります。


審判の手続は,刑事裁判とは違い,非公開で行われます。


この中で,対象者に対する入院医療や,通院医療が決定されます。
入院医療は18か月であり,継続が必要な場合には,裁判所による決定をもって継続されます。
通院医療は18か月が原則で,場合によっては延長したり,入院の決定が後から出される場合もあります。


実は,検察官が,心神喪失や心神耗弱を理由として不起訴を決める際の判断材料は,「簡易鑑定」であることが通常であり,正式な鑑定とは異なる結果が出ることも珍しくありません。
そのため,簡易鑑定の結果,統合失調症であるとされていた人が,正式鑑定によれば,単なる人格障害に過ぎないとされる場合もあります。


すなわち,心身喪失により「不起訴相当」という検察の判断は,誤っていたということになります。
この場合には,医療観察法による入院医療や,通院医療が決定する前に,「心神耗弱者であると認める」決定がなされ,検察官は,その告知から2週間以内に,申立ての取下げをするかどうかを決める必要があります。
検察官は,申立の取下を行う場合には,医療観察法の手続をストップした上で,正式起訴を行うことになるため,対象者の身柄拘束はさらに長期に及ぶことになります。
この点は,対象者の人権を考えた場合には,問題があると言えるでしょう。


私が医療観察法がらみで唯一経験した事件は,監禁致傷容疑で逮捕・勾留→心神喪失を理由とした不起訴→医療観察申立・鑑定入院申立→鑑定の結果心神耗弱である旨の決定→医療観察申立取下げ→起訴,という経過をたどりました。
被疑者国選弁護人として活動していた私は,医療観察法については当時ほとんど知らなかったものの,これは被疑者段階で弁護人を務めた弁護士としては引き受けるべきであると考え,国選付添人に就任しました。
しかし,医療観察申立取下後の起訴後については,国選弁護人の就任を断りました。
ただでさえコミュニケーションの難しい対象者にたいし,それまで行ってきた説明等と,これからの弁護活動について,説得的に説明することがとうてい不可能であると考えたこと,そもそも目指す部分が,医療観察手続と刑事弁護手続で異なるため,矛盾無く活動することは出来ないと考えたことなどから,判断しました。


今でも,どうすべきだったのかと思い出す事件のひとつです。
被疑者段階からの身柄拘束時間が,異常に長くなっていたということ,そして,それでもこの人を社会にこのまま出すのはまずい,と思ったため,弁護人・付添人としても身柄解放のために積極的な動きを取ることは出来なかったことは,よく覚えています。
課題の多い手続ではありますが,公共の福祉と対象者の人権のバランスを取ることは,たやすくはありません。


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